日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎亡くなったらしい

◎亡くなったらしい

 これから語る「あの世の話」は少し重い内容だ。

 よって、耳に入れたくない人は読まぬ方が無難だ。

 いつも記す通り、ツイートや拡散は無用だ。好奇心から「そんなことは無いだろ」と笑うと、きちんと「それを聞く者がいる」ので、注意と警戒が必要だ。

 (この場合、「聞いている」のはもちろん、アモンだ。)

 どう考えるか、受け止めるは本人の自由だが、軽はずみなスタンスで他者を巻き込まぬこと。

 

 さて、最近、ある患者について、祈願を始めた。

 失礼な言い方だが、外見はもはやミイラもしくはゾンビに近い状態だ。

 この患者はひと月以上前から私の病棟に来ており、ふたつ隣のベッドで治療を受けていた。

 入院病棟から治療を受けるためにこの病棟に来るのだが、治療の間中、ずっと叫んでいた。

 「痛い」「苦しい」だけでなく、「わあああ」「ぎゃあああ」のような言葉にならぬ叫びのこともある。治療は五六時間だが、その間、休む間もなく叫び続けていた。

 不思議なことに、医療スタッフは対症療法を施すが、痛みを軽減する処置をしない。

 鎮痛剤の強いもの、これは事実上、麻薬に近い薬だが、それを与えてはいなかった。

 もはや全身が病気に冒されているから、おそらく常に神経が痛むのだろう。

 「どこがどう」ではなく、きっと全身が痛む。

 本人にしてみれば、まるで拷問のような毎日だ。

 

 隣のベッドには、女性患者(通称「ガラモンさん」)がいるのだが、この患者も気の毒だ。

 自身も重い持病があるのに、始終、耳元で叫ばれている。

 本人も「心臓が悪いのに、すぐ傍で急に叫ばれるので、ドキッとする」と零していた。

 

 そこで祈願を始めることにした。

 この先、どのような選択にせよ、本人の意思で自身の進む先を決めさせ、それを実現させて欲しい。

 二日連で続願を掛けたが、これを初めてから、今日が三日目になる。

 要するに、祈願したのは、たった二日だけだ。

 

 今朝のことだが、病棟に入ると、ガラモンさんが先に座っていた。

 「毎回大変だよね。気の毒だが、隣近所どころか、病棟中の患者が一時も休めなくなる」

 すると、ガラモンさんが今気付いた風に言った。

 「でも、今日は準備が無いよね」

 いつもベッドが取り払われているのだが、この日はそのままだった。

 あの患者は入院病棟から来るから、ベッドごとの移動になる。そのため、その位置は空けてあるのが普通だ。

 ここに別に患者がやって来た。

 この人(女性)は、自身も患者だが、通院日以外は介護助手の仕事をしている。

 「もしかすると、亡くなったのかもしれないよ」

 寝たきりの患者だから、他の病院には行かないし、旅行もしない。

 「でも、ICUかもしれませんよ」

 ここに来ず、別の場所で治療を受けられるのは、救命救急室しかない。

 繰り返すが、入院患者も必ずここまで来て治療を受けるからだ。

 

 「そう言えば」

 と、介護助手の女性が続ける。

 「あの患者さんの担当の※※さんが、昨日あの人が『もういいから』と言ったと言っていた」

 さすがに背筋に戦慄が走る。

 この女性たちは、私が「あの患者の願いを叶えてくれ」と願を掛けたことを知らない。

 嘘も作り話も無い筈だ。

 

 アモンは基本的に想像と妄想の産物だ。

 あの妖怪顔の悪縁と、たまに聞こえる声を結び付けて、私が「きっとコイツはこんな存在だ」と思い描いた者に過ぎない。

 ま、アモンにせよ、イリスいせよ、「何かがそこにいた」という画像はある。

 だが、それを以て、因果を語ることは出来ぬのだ。

 要するに、あくまで私が「こんな感じの存在ではないか」とイメージしたものだ。

 そんなものは取るに足らない。

 宗教家や霊能者、霊媒師の語る「あの世」観や、あるいはそれを否定する半可通の科学信奉者の言葉のように「取るに足らない」話だ。

 何故なら、それを裏付ける証拠を、私も含め誰も「出して見せることが出来ていない」からだ。

 

 病棟では、患者の「死」に関わる話題はタブーだ。

 患者同士ならまだしも、「どの人がどうなった」という話を医療従事者に問うことは無い。

 明日は我が身だし、病棟とこの世を去る人が出るのは、日常のひとコマだからだ。

 病棟に来た当初は二十六番目だった私が、今は三番目の古参患者になる。

 だが、あの患者が「もういいから」と口にしたのは午後四時頃で、亡くなったのは夜半だと思う。

 これは何とも言葉に困る。

 

 仮に想像や妄想の次元の話ではなく、アモンが現実に取り計らったなら、私は予期した通り、死後にアモンらの仲間になると思う。

 アモンは「著しく顔が悪い」が、ホラー映画や小説に出て来るような、悪魔や悪霊ではない。「心の内を見透かす」し、「塵ほどの欺瞞も許さぬ」だけだ。

 死ぬべき者をあの世に迎え入れる務めを果たしている。

 「三途の川の渡し守」や「お迎え」「死神」など、色々な言い方があるが、生者と死者の間を繋ぐ務めを担っている。

 

 まさかたった二日の祈願で、こういう展開になるとは、私自身が驚く。

 最も驚いたのは、たぶん、私ではないか。

 

 だが、たぶん、あの患者の「渡し賃」を立て替えることになるようだ。

 「あの世」に直接関わったせいで、またあちら側の世界が近くなる。

 今朝は、病棟に足を踏み入れた瞬間に、ナースステーションの中に佇む「女」の姿を目視した。

 

 「あの患者が苦しみから解放され、この後、無難に魂を寛解(成仏に同じ)出来ますように」

 今は心からそう願う。

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アモン(令和元年七月二十七日撮影)