日刊早坂ノボル新聞

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◎病棟日誌 悲喜交々 7/6 「人の見方はそれぞれ」

病棟日誌 悲喜交々 7/6 「人の見方はそれぞれ」
 朝病棟に入り、早速、体重計側。
 この日は、最近入って来た介護士のバーサンが計測担当だった(たぶん七十歳くらい)。
 「あの人はまったく。不愛想だし、話し掛けてもまともな返事が返ってこない」。ブツブツぶつ。
 何を愚痴っているのかと思いきや、清掃担当のオヤジジイについて「不愛想」だと文句を垂れていたのだ。
 全然関係のない患者の前でブー垂れるところは、そこはそれ、バーサンだ。

 だが、その清掃のオヤジさんとたまに話をするが、別に普通の人だ。自分から挨拶もしないし、声を掛けても最初は気のない応答が返って来るだけ。
 だが、そういうのは性格とか人生体験の影響(概ね人間関係の嫌な出来事)によるものだ。
 当方はひとの心の裏側とか、専門職ならではの視点に「病的に興味がある」ので、どんどん相手の手の内に踏み込んで行く。

 「挨拶」は「こんにちは」とか「良い天気ですね」みたいな「声掛け」のことではなく、相手の生活や人生に踏み込んで話題にして初めて「挨拶」になる。
 このため、仕事の内容とか、その立場からの周りの見え方について、踏み込んだことを訊く。ここでま、半分くらいには嫌われることになるが、「自分をきちんと見てくれる」のは「敬意」の表れだから、相手もきちんとこっちを見るようになる。
 そのオヤジは不愛想ではあるが、いたって常識人だ。
 病院内の清掃は、気を遣うところが多いから、それを嫌って、若い人が就職しても長く続かない。
 ましてやコロナ全盛期には、トイレは感染場所のひとつだから、消毒には誠心誠意気を付けただろう。
 当方も病院のトイレに入ると、「日頃の感謝のために」と、便器周りの消毒をしているが、掃除が細目に入っているので、トイレが汚れていることは少ない。
 で、自分が掃除をしているから、オヤジさんとの話の接点が出来る。
 このオヤジジイが自分から挨拶をし、声を掛けて来るのは、たぶん、この病院で当方だけだと思う。
 ま、「偏屈者同士」とも言う。
 このオヤジが心の中に何かしらの重荷を背負っているのは確か。
 ま、そこまでは立ち話では聞けない。

 朝に入って、午後三時頃まで病棟にいるが、大半はベッドで横になっている。これが退屈だ。
 ビデオもゲームも飽きたし、MLBを観ても、エンゼルスは例によってコテコテに負ける。
 仕方なく午前中の報道型ワイドショーにチャンネルを回すが、この日は「首無し事件」の報道がメインだった。だが、コメンテイターの見識が浅くてウンザリ。
 番組制作会社の知り合いで、何かの専門的職業で業績を残しているかもしれんが、それはその専門分野の話で、その他の社会全般の話になれば、ただの二十台三十台の若者で、何も知らない。

 現状でのポイントは「犯人が女の姿をしている」「場所がラブホ」で「首だけを持ち去った」ことと「三時間で処理した」というところ。
 なんか知らん「専門家もどき」が「怨恨では」と言っていたが、バカなのか?
 人間関係の軋轢がある相手とラブホに行くヤツはいない。
 
 男がラブホに「誰か」(以後「犯人」)と入るのは、セックスが目的だから、元々、その相手(まだ女性とは限らない)と面識があり、要するに愛人関係にあったか。あるいは行きずり、要するに買春の相手だったかということだ。
 「首を持ち去る」理由には、まず最初に「証拠隠滅」が考えられるが、それなら手首も持って行く。これが最初に除外。
 
 シリアルキラーでよくあるケースは「被害者の記念品としてコレクションする」というものだ。「テキサスチェーンソー」のモデルになったエド・ゲインは、墓場から遺体を掘り出し、その一部を部屋に飾っていた。似たようなケースでは、無差別に女性を殺した後で、所持品をコレクションしていた例もある。
 あるいは、被害者に対し愛情があり、代用品として遺体の一部を所持するケースもある。
 物語として知られる阿部定事件は、定が男のイチモツを切り取るのは、「片時もそばを離れたくないから」ということになっている。だが、実際の阿部定は、病身の夫のために生活がよほど苦しい時に身を売っていた。男はそんな定の苦境に付け込んで、弄んだのでその報復がメインだった。

 一番のポイントは入室後、三時間でホテルを出ているというところだ。
 その間に、被害者を殺し、首を切り落とし、それをスーツケースに隠し、自分は着替えをするということまでやっている。
 生き物の首を切り落とすのは、実はやっかいな作業で、骨の間に刃物を差し入れて切断するか、斧か鉞で骨ごとぶった切るしかない。前者なら普通のナイフ、包丁では無理で、肉屋の使う肉切包丁でないと時間が掛かる。
 安いサスペンスドラマなら探偵が「犯人は肉屋」と想定するところだ。
 殺したのはベッドルームではなく浴室で、抵抗の後がない。
 となると、被害者が自分から浴室に入っていた可能性が高い。そこで一撃で致命傷を与えるなら、たぶん、首を後ろから掻き切った。
 それはすなわち、班員は被害者の後ろ側にいたということで、最も分かりやすい位置関係は「一緒に風呂に入った」ということ。被害者の背中を流す位置に犯人がいた。
 となると、「以前から性交渉のある相手」の可能性が高い。行きずりの関係なら、「一緒に風呂に入る」ことは殆どないと思う。よく知らぬ相手に、セックスの前に自分の裸身を晒すケースは少ない。

 最も不審なのは手際の良さで、この時間なら、ホテルに入り、服を脱ぎ風呂に入ったところですぐに殺害しないと時間的に間に合わない。そのまま風呂で首を切って、自分と周囲の血を洗い流した。これは「愛犬家殺人事件」の際の遺体処理のやり方と同じだ。殺す側も裸になっている。
 とすると、風呂場はDNAだらけで、証拠は沢山残っている。

 心臓が止まった後に十分二十分は生体反応が残っているから、その首を切るにはよほどの覚悟がいる。
 被害者がまったく抵抗していないところを見ると、心の交流(思い入れ)があった相手かもしれぬ。

 断片的な報道内容でも少なくともこれくらいは考える余地がある。一番薄いのは怨恨だ。
 ま、犯人は「心(殺意)」と「解体」の準備をしたうえで中に入っている。
 前から性的に弄ばれて来た相手(犯人)が報復として行ったなら、「痴情のもつれ」だが、その場合に首を持ち去るのは、執着心(愛情のねじ曲がったヤツ)ということか。少し無理がある。
 断片的な情報ではこれくらい。

 この日は終始、「ひとはそれぞれ」だということを考えさせられた。

 でも、浅い見識をテレビで垂れ流すのは止めてくれ。

 

注記)眼疾があり、推敲、校正が上手く出来ませんので、誤変換があると思います。