日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎病棟日誌 悲喜交々10/2 「てっきり死んだかと」

病棟日誌 悲喜交々10/2 「てっきり死んだかと」
 木曜は通院日。
 この日の穿刺担当は、最若手の23歳女子看護師だった(名前失念)。
 従前より小さくなった気がしたので、「なんだか小さくなってねーか」と振ると、「九キロ痩せました」と言う。
 お腹がぽっちゃりしている自覚があり、糖質回避ダイエットをしたら、それくらい痩せたそうだ。
 「やめとけ、やめとけ。二十台の女子なんだから少しポッチャリでいいんだよ。まだ成長が固まっているわけでもないのだから、太目でいいんだよ」
 ここで「ポッチャリの方が抱き心地が良い」と喉元まで来たが、さすがにセクハラになりそうだから言えない。

 「米にはミネラルがあり、亜鉛とかマグネシウムが欠乏すると何年か後に影響が出る。パンは食わなくとも良いが、ご飯は食わねばならんよ。大谷選手は日に十杯のどんぶり飯を食うが、別に問題ない。太るのはバランスを欠いた食事をするからだ」
 と言っても、ほっそりしていると、着るものに困らない。これは確かな利点だ。
 何を着てもさまに見えるし、しま〇らの五百円のシャツでもブランド品に見える。
 実際、その子は小柄で、今はガリガリだ。

 「ダイエットをやり過ぎると、五年後くらいにそのツケが来る。三十過ぎた時に、髪の毛が薄くなってしまうかもしれん。四キロくらい戻して、体に丸みがつくくらいでちょうどいいよ。三十を超えたら、余計な脂肪を付けると固くて取れなくなるが、それくらいまではポッチャリの方が自然だと思うぞ」
 モデル体型の女性は、傍で見ている分にはきれいだが、隣で寝てみると、肌は乾燥してるわ、柔らかさに欠けるわ、がっかりするもんだ。ガリガリのサンマと、脂の乗った秋刀魚のどちらが美味いかは、考えなくとも分かる(違うか)。もちろん、こんなのは口には出せん。

 「痩せすぎると毛が薄くなる」とう件で、女子はさすがに思考が止まっていた。身長が153㌢くらいだが、たぶん、体重は四十キロかそこら。客観的に見て痩せ過ぎだわ。
 ま、体重の話をあまり長くすると、これもハラスメントと言われるかもしれん。

 遠くにエリカちゃんがいたので、少し話を逸らす。
 「エリカちゃんは、凄くでっかくなったので、ついそのb件に触れてしまいそうになる。もちろん、女性には年齢と体重の話は避けた方がよいから話さない。だが、目に付いてしまうから、ついうっかり口に出してしまいそうだ」
 その時、「でっかくなった」は勿論ダメだし、「グラマーになった」はセクハラだ。
 この女子はエリカちゃんと仲がいいが、やはり本人も「最近太って来た」と気にしているそうだ。
 うわあ、それなら、早いとこ小出しで吐き出してしまわぬと、肝心な時にしでかしてしまうかもしれん。

 ところで、深夜の「死にたい女」がようやく出なくなったが、そのおかげで(?)、脚が軽くなった。所沢に行ってから、歩くのがしんどかったが、あの重さはあまり負担にならなくなった。
 しかし、そうなると、普通の病状の方を自覚するというか思い出す。
 ベテラン患者の域に入ったから、治療自体がキツくなってきた。
 この日は治療終了後に、レントゲン撮影だったが、機器の前に立ち、技師が「息を吸って」と言うので、言われた通りにした瞬間、目の前がクラクラッとした。
 二三歩よろけたが、いつぞやのように、撮影台に寝転がるところまで行く前に、我に返り立ち直った。
 ま、そこに立った時に「そうなるかもしれん」と準備をしていたこともある。
 技師が「大丈夫ですか。看護師さんを呼びますか」と訊いて来たが、「大丈夫です」と答え、ヨロヨロと外に出た。
 ロビーの長椅子にしばらく座り、歩けるようになってから病棟に戻ったが、ま、こうなると、この日はもう寝ているしかない。

 家に帰り、とりあえず、やっとこさ夕食の支度をして、テレビの前に座ったら、もうストンと眠りに落ちていた。
 「眠り」なのか「意識を失った」のかは微妙だ。
 深夜まで、夢も観ず、漆黒の闇の中にいたが、自分の「肛門が開いている」のだけは分かった。
 身体機能が下がり、いよいよという状態になると、普段は不随意筋反応で、ぎゅっと閉めているケツの穴が開いてしまうそうだ。死ぬと完全に開き、内容物が外に流れ出る。
 幸いなことに、最近は食が細く、何も食べられぬので、腸内は空だった。出るのはガスだけで、便が流れ出したりはしなかった。
 後で家人が「部屋中がオナラ臭くなっている」と言っていた。

 夜中の一時頃に目覚めたが、最初に考えたことは、「おお。まだ生きてら」だった。ケツを確かめたが、特にウンチを漏らしたりはしていない。
 これが現実になり、「気が付いたら、ウンチを漏らしていた」みたいな状況になったら、いよいよ人生の終りを感じるだろうと思う。割とあっけなく進むのは、周囲の患者を見れば、一目瞭然だ。

七十台半ばにここに来てしまうと、十頭には三か月で病棟を去る。

 あの世に入り、最初に何が起きるかは薄々わかる。しばらくは漆黒の闇の中だ。
 今回はてっきり「死んだか」と思ったが、まだかろうじて生きている。
 この先もなるべく牛歩戦術で、ゆっくり進もうとは思う。
 もちろん、あと残り数ミリの話ではある。