◎病棟日誌 悲喜交々1/2 「年始は患者が一杯」
二日は通院日。年末年始も切れ目なく通院があるので、年が替わった気がしない。
腎臓病棟の看護師たちも休みなく働いているので、同じだとのこと。
年末年始は、普段より救急搬送が多いので、一般病棟でも当番はすごく大変だと言う。
よく年寄りが「餅を喉に詰まらせて」というニュースを観るが、実際、そういう高齢者が年末年始にはすごく多いそうだ。
自分は年を取っていないような気持でいるが、体の方は老いており、従前と同じつもりで餅を食べたら喉で停まって息が出来なくなる。
正月には過飲過食しがちだから、これが原因で具合が悪くなる。
病院自体は休みなのだが、救急指定病院なので、ロビーには二十人近くの患者がいた。普通の休日には四五人なので、三四倍に増えているということ。
エリカちゃんがベッド脇を通り掛かったので、「父ちゃん母ちゃんは大丈夫だったか?」と声を掛けた。
エリカちゃんは新潟出身なので、実家の方は被災したかもしれん。
「うちは山の方なので大丈夫だったらしいです」
「それは良かったね」
この日の穿刺は若手のケイコちゃん(仮名。本名忘れた)だった。最近、この子はダイエットに励んでいるので、目に見えて痩せて来た。ガリガリに近くなって来たから、「余り痩せるな」と声を掛けている。
「もう肋骨が浮き出ているんじゃねーか。若い子はぽっちゃりでいいし、それが自然なんだからな。そもそもマッチ棒みたくなったらセクシーじゃなくなるし、髪の毛が薄くなるかもしれん」
ま、痩せると服を選ぶのが容易になる。しま※らの五百円のシャツを着てもブランド品みたいに見える。その意味ではお得だ。
「あと二キロ痩せるつもりです」
「それなら間違いなくあばら骨が浮いてしまうぞ。食え食え」
という展開から、近々、「東北に日帰りで行って来る」という話になった。
ケイコちゃんによると、「新幹線に一万円で一日中乗り放題」の切符があるそうだ。平日限定だが、どこまで行っても1万円。
「それで美味しいものを食べに行きます。お勧めはどこですか」
この子とはいつも「ご当地の美味しいもの」の話をする。昨秋には仙台に行き、牛タンを食べたそうだ。
「この時期なら大館の比内鶏のきりたんぽ鍋だろうな。大館に行って食べなくては本物のきりたんぽの味が分からない」
夕方にこれとして、昼は別のところで食べる。
「大間の本マグロとかを食べてみたいんです」
「そりゃ美味しいけれど、新幹線では大間まで行けない。八戸の八食センターで本マグロ定食を食べればいいんだよ。そもそも駅の構内にある地方独立系回転ずしで食っても、もの凄く美味しい。青森は魚が美味しいところなんだよ」
「じゃあ、山形では何を?」
「米沢牛とラーメン」
「米沢牛は分かりますが、ラーメンって?」
「山形はラーメンのバリエーションが広いから色んな味が食べられる」
「福島は?」
ううむ。福島は何だっけな。
ここにユキコさんが来たので、そっちに話を振る。
ユキコさんは郡山から西に入った山奥の出身だった。
「福島のご馳走は何でしたっけ?正月は何を食べました?」
すると、ユキコさんは「いか人参でした」とのこと。
出た。福島ならではの名物「いか人参」。
郡山のサービスエリアでは山積みで売っている。
「トシなのでサッパリしたものしか食べなくなりましたね。今年はもう還暦です」
「ユキコさんは到底還暦のバーサンには見えんですね」
傍で聞いていたら、「還暦のバーサン」という言い方でチリっと来る女性がいるだろうな。だが、当事者は流れに乗っているから分からない。
実際、ユキコさんは体型が若くて肌が滑々なので、五十歳くらいにしか見えない。五十歳までは四十台の延長戦上にいるが、五十三四歳に分かれ道があり、若いままでいる人と急速にバーサン化する人に分れる。
「おべんちゃらは人と人との潤滑油」で、ユキコさんの機嫌が途端に良くなった。
ここで気付く。ケイコちゃんにも忠告めいた話し方ではなく、褒めてその気にさせればいいのだった。
現状で既に痩せ過ぎで、顔から生気が失せている。もはや摂食障害の域だ。
ま、とりあえずそっちは追々考えるとして。
「普段旅行に行っていきなり食ったら、帰りの新幹線の中ではトイレに入り浸りになってしまう。今からお腹を慣らしておく必要があるんだぞ」
四十以下の女性に接すると、つい娘に対するような気持になってしまう。
既にオヤジジイの域だが、徐々に後ろの方に重点を移しているようだ。
で、ケイコちゃんへの結論はこう。
「一月二月という季節で、日帰りでの新幹線の移動距離と時間を考えると、最初に行くべきは大館だ。ここで温泉に入り、夕方に比内鶏のきりたんぽ鍋を食べる」
きりたんぽも秋田に行かぬと本物の味が分からない。