私は医師。
いつものように診察室に座っていると、現れたのは、昔付き合っていた女性だった。
「やあ、お久しぶり」
「ご無沙汰しております」
かれこれ20年近くになるから、相手も四十三、四歳になっているはず。
しかし、年月をまったく感じさせない佇まいだ。
ちょっと見では、三十過ぎかそこらだろう。ナトリユウコという女優の若い頃に似ている。
「今日はどうしたの?」
「患者は私ではなく夫です。病気でほとんど寝たきりだけど、気難しくて困ってるの。あなたなら往診してくださると思って」
差し出された名刺を見ると、レイコという名は昔と同じだがやはり違う名字で、その上には「代表取締役」と書かれていた。
夫が病に倒れた後、会社経営を引き継いだとのこと。
私は暇な開業医で、どちらかといえばヤブのほう。これは自他ともに認めている。
翌日は休診日だったから、その時に行って見ることにした。
翌日、黒塗りの車が迎えに来た。
運転手がドアを開けると、中ではレイコが微笑んでいた。
車に乗り込みながら、半ばは独り言のように問いかける。
「すごいね。しかしキャデラックじゃあ、東京の街は走りにくい」
「そうね。次からは私のでくるわ」
小一時間ほどで郊外の街に着く。
「ここは知っている。昔、浪人の頃にここにあった予備校の寮に住んでいた」
墓地を崩して立てた寮だったけど、さんざオバケが出て苦労したんだよな。
あろうことか車はその寮のあった場所の、つい三軒となりの邸宅に入っていく。 (続く)