「九戸戦始末記 北斗英雄伝」 其の十三 邂逅(かいこう)の章
◇この章のあらすじ◇
岩手郡の川口城から、西にわずか一里の地に、周囲を深い木々に蔽われた古い館があった。この館の一室で、女が一人微温湯に体を浸し、開け放たれた窓から、外を眺めている。
湯浴みをしていたのは、紅蜘蛛のお蓮である。お蓮の背中一面には、黒と紅色の二色で描かれた大蜘蛛の刺青が施されていた。
今から十年ほど前、お蓮は毘沙門党の党首である虎一に連れられ、三戸を訪れた。そこでお蓮は侍の子弟四五人に襲われ、乱暴されそうになる。その窮地を救ったのは、刺青師の平間清十郎であった。清十郎は傷ついたお蓮を手厚く介抱した。お蓮は毘沙門の仲間として生きることを決意し、背中に紅蜘蛛の刺青を入れる。そのふれあいの中、清十郎とお蓮は恋に落ち結ばれる。
しかし、幸せも束の間で、清十郎の家は三戸の捕り手に包囲された。清十郎はお蓮を守るために命を落とす。お蓮は侍の牛耳る今の世を呪い、侍に復讐することを誓う。こうして、毘沙門党の紅蜘蛛が生まれたのであった。
紅蜘蛛の頭の中では、思い出の中にある平間清十郎と、工藤右馬之助の姿が重なり、心が千々に乱れた。
天正十九年四月十四日。
疾風と李相虎は、二の丸から大手門を見回り、城の改修案を練る。
宮野城は、北奥で一二の要害堅固な城である。いずれ決戦の時は必ずやってくる。二人は、来るべき攻防戦を想い描き、決意を硬くした。
一方、留ヶ崎城内にある北信愛の屋敷には、北十左衛門が呼ばれていた。信愛は養子の十左衛門に対し、南部利直の上洛に同行し、常に目を光らせることを命じる。利直は我がままで軽率な気性で、それまでにも幾度と無く失態を演じていたためである。
十左衛門は城主信直と息子の利直に拝謁したが、利直の「うつけ」ぶりに失望する。
天正十九年四月二十日。
工藤右馬之助は、櫛引勢と八戸政栄の激戦を偵察した後、高屋将監と晴山治部を訪れようとしていた。
右馬之助が晴山館に向かう途中、民家に野武士が立て篭もっているところに出くわす。
右馬之助が家の前に近付くと、一人の女人が野武士たちと交渉していたが、それはあの紅蜘蛛お蓮であった。
お蓮が人質となっている子どもを救おうとしているのを見て、右馬之助はお蓮に加勢する。
野武士は和賀から落ちてきた地侍で、右馬之助の説得により投降した。
右馬之助とお蓮は、別れ際になり、心なしか互いに対し宿縁を感じた。
お蓮は「縁があるなら必ず巡り会うもの」という清十郎の言葉を思い出し、右馬之助に心惹かれていく。
◇この章の新たな登場人物◇ ○は創作、☆は実在の人物
○平間清十郎 : 毘沙門党の三兄弟の従弟で、刺青師。お蓮に紅蜘蛛の刺青を入れ、お蓮を守るため10年前に死んだ。お蓮はこの男のことを恋慕し、その復讐のためにこれまで侍を襲ってきたのであった。
☆根子内蔵介 : 和賀の地侍(四百石)。黒岩小原家蔵『和賀御分限録』(天正九年)に氏名の記載がある(実在)。奥州仕置から和賀一揆に至る戦乱の間にいずれかの地で没したようである。
◇解説◇
「邂逅」とは「出会い」のこと。
お蓮がどのようにして毘沙門党の女盗賊になったか、その由来が語られる章です。
赤平虎一の許で育てられたお蓮は、平間清十郎と出会い恋に落ちますが、清十郎は三戸の侍によって殺されてしまいます。お蓮は、女子(おなご)を虐げる世の中と、その世の中を支配する侍への復讐心から「紅蜘蛛」となります。
お蓮は右馬之助と出会いますが、度重なる偶然により、次第に右馬之助に心惹かれる自分を感じていきます。