日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

相容れない人には近づかない

私の妻はアジア系外国人です。
(ここで曖昧に書くのは、ネット界には、個人情報の類を収集しては悪辣な誹謗中傷に利用する輩が大勢いるからです。)
 
妻と結婚した時、妻の母や親せきに挨拶に行くことにしました。
妻の母は日本人が嫌いで、初めて会ったときに、私の顔を一切見ませんでした。
しかし、私が妻やその家族に対し、きちんと敬意を払っていることがわかると、義母は私を受け入れてくれました。
そこまでが十年くらいかかっています。
 
次に、義母の母親、すなわち妻の祖母が存命でしたので、祖母に挨拶に行こうとしたのです。
妻の祖母は都心からかなり離れたところに住んでいました。
「今年はご挨拶に行こうと思いますが」
そう義母に相談したところ、返事は「絶対に行ってはダメ」でした。
 
妻の祖父は、太平洋戦争の時に、日本陸軍によって銃殺されたのです。
その時の恨みがあるので、「もし日本人が来たら、間違いなく鉈で切り付けられるよ」と、義母は言いました。
実際に、義理の祖母が住む家の近くに日本人が訪れた時、祖母はその日本人を包丁で追いかけまわしたそうです。
義理の祖母は当事者なので、それくらい深い恨みを抱いています。
義母が十年の間、私を受け入れなかったのも、そのような過去を子どもの頃から教えられていたからです。
義母は「それでも、貴方は日本の軍隊とは一切関わりない。だからお母さんの所には行かないで欲しい」と、私に告げました。
 
夫を殺された義理の祖母が、「日本人」に恨みを抱くのは当たり前です。
ところが、私は戦争が終わってから2世代経過した世代なので、かつての戦争の責任などとは無縁です。
終戦時、私の父母はまだ小さい子どもでした。その親に、またさらにその子供の世代に、一体何の責任があるというのでしょうか。「ない」として当然です。)
 
こういう状態であれば、最善の対処方法は、「ただ近づかない」ことです。
義理の祖母の心の傷は生涯消えることはないでしょう。
でも、それを我々の世代が肩代わりすることはできません。
すなわち、離れていることが最善の考え方です。
(義理の祖母はその後何年か経ち、百歳になった時に亡くなりました。)
 
愚の骨頂と言える行為は、わざわざそこに出かけて行き、「日本軍が貴方の旦那を殺したことには正当な理由(またはそれなりの理由)がある」と説くことです。
そんなことをしたら、復讐心の火に油を注ぐだけです。
この場合、どのようなアプローチの仕方をしても、永久に相互理解が生じることはありません。
それならば、じっと時を待ち、感情が冷えるのを待つしかないのです。
 
今は、政治家がさまざまコメントして物議を醸していますが、従軍慰安婦について、なぜ今さらあれこれ触ろうとするのか、まったく理解できません。
被害者の感情に触れば、「腹が立つ」結果しか生じない。
それがあったかどうか。どういうやり方をしたか。実態はどうであれ、過去を変えることはできません。
過去の歴史のことで自己主張をする必要はなく、ただ、「不幸な歴史はあったが、これからは共に手を取ってアジアの発展に尽くそう」と言い続ければ良いことです。
 
現在の政治家はほぼ全員が戦後生まれです。
過去の戦争について、日本人を非難する中韓人民も、ほとんどが戦後生まれ。
当事者ではありません。
そうなると、「正しい歴史認識」とは、目の前の問題ではなく「あくまで過去の歴史の問題」として、極力触らないことです。
 
もし不首尾が残っているのなら、粛々と法的に解決すればよいことです。
半世紀前の日韓条約で、包括的賠償として日本は1兆7千億円を払い、個別の案件の処理には韓国政府が対応すると決めたわけですから、韓国人の従軍慰安婦に補償が必要であれば、韓国政府が賠償金の中から充当するのが正しい方法です。
この辺を顧みず、日本に責を求めるのは、韓国政府やその裏の財閥が国民をだましているということです。
「戦争は67年前に終わっているし、戦後補償は済んでいる」
これが日本人の大多数の考え方です。
もし間違っているなら、国際司法裁判所なり公平な機関により指摘されれば、日本人は黙って従います。
ま、結果は見えています。
こういうことですので、先方の考え(感情)との間に接点が生じるわけがありません。
 
法的な問題は、双方がそれなりに納得いくかたちで結審できます。
しかしもちろん、人のこころだけは、理屈では解決できません。
このため、極力、「距離を置く」ことを念頭に置くべきだと感じます。