眼を開くと、車の中にいました。
「ここはどこ?」
窓から外を眺めます。
外は駐車場のような場所で、200台くらい停められるスペースがあります。
コンクリートの駐車上の周りは、ほぼ雪景色。
遠くの方は真っ白です。
車を降りて、外に出て見ました。
20メートルほど歩くと、手すりがあります。
手すりの向こうには、半ば凍りついた湖が広がっていました。
「なんでこんなところに」
ふう、と息を吐くと、白い水煙が空中に拡散します。
湖の反対側は山で、やはり雪で覆われています。
視線を下に戻すと、駐車場の端にレストハウスが見えます。
「トイレに寄ってから、コーヒーでも飲もう」
歩み寄るのですが、レストハウスは休業中でした。
入り口付近には屋根から落ちた雪が山積みで、営業していた気配がありません。
「きっと、冬の間は店を閉めるんだな」
店の横にあるトイレに向かいます。
トイレの中は、人の気配が無いのにも関わらず清潔で、しかも暖かでした。
「ありゃ。暖房が入っているのかな」
人気は無いのに、暖房が入っています。
「掃除する人さえ来ないだろうに、不思議だよな」
用を済ませ、手を洗います。
「ところで、俺は何しにここに来たんだろ」
何ひとつ思い出せません。
ま、いいか。車に乗ってれば、じきに思い出すだろ。
トイレの出口のドアを押し開けます。
「眩しい!」
直射日光に眼を射ぬかれ、思わず両目を瞑りました。
右手を額にかざし、ゆっくりと眼を開けます。
すると、先ほどまでとは、外の景色が一変していました。
先ほどは、辺り一面が雪景色でした。
ところが、ドアの外は緑色です。
「ありゃりゃ。何だこれ」
どう見ても、初夏の景色に変わっています。
山には木々がうっそうと茂り、遠くの湖面が青く輝いていました。
思わずよろよろと駐車場に歩き出しました。
空では、何か鳥たちがさえずっています。
暖かな風が吹いていたので、ダウンジャケットを脱ぎました。
トイレの近くには、白い車が1台泊まっていました。
セダン型で、昔、私が乗っていた車と同じタイプです。
「あれ?」
車の後ろのバンパーに近くに、細い傷が見えます。
それも、かつての私の車とそっくりです。
「そう言えば、ファミレスの駐車場でうっかり隣の車を擦ったら、大型のベンツだったから、大慌てで逃げたんだったよな」
その傷とそっくりです。
その車に近寄って、傷を確かめます。
傷の奥には、黒い塗料が見えていました。
「こりゃ、いよいよ、俺のとそっくりだ」
その時、トイレの方で物音がしました。
いけね。この車の持ち主が車に戻ろうとしてるんだな。
悪戯をしていると思われたら面倒です。
大慌てて、自分の車に戻り、運転席に座ります。
あちらの車の人たちに気づかれないよう、顔を反対側にそむけました。
男の子の声が聞こえます。
「お父さん。今日はどこまで行くの?」
「この湖の向こう側に山があって、そこを越えるとお祖父ちゃんちに近道なんだよ。だから、この湖を少し見物したら、お祖父ちゃんちに行こう」
「ウン。わかった」
どこかで聞いたことがあるなあ。どこだっけ。
しばらくの間考えます。
私が思案していると、向こうの車に、お母さんらしき女性が戻って来ました。
直視するわけには行きませんので、ほんの一瞬だけちら見しました。
私はその女性に記憶がありました。
微かですが、声に憶えがあります。
「でも、誰だっけな。思い出せない」
そのお母さんだけでなく、男の子にも、前に会ったことがあるような気がします。
いったい、誰なんだろ。この人たち。
3人は白いセダンに乗り、出発していきます。
その車は湖の向こう岸まで見えていましたが、程なく姿を消しました。
「山を越えて、お祖父ちゃんちに行く、と言ってたな」
その山の道は、大きく曲がりくねっていて、対向車が見えなかったよな。
林業が盛んな村だから、大型トラックも行き来しています。
私の頭の中では、ひとつのイメージが湧いてきました。
そのセダンが道を進んで行くと、山の陰から突然、トラックが現れるのです。
「うわ」と父親が呻きます。
「きゃあ」と母親が叫びます。
がっしゃーん。
白いセダンは、トラックと正面衝突してしまいます。
「ああ。だめだ。ケンイチ。ケンイチ!」
私は思わず叫んでいました。
「ケンイチ。死ぬな」
なんてことだ。
先ほど、このレストハウスの駐車場にいたのは、私の家族でした。
私と妻と、そして1人息子のケンイチです。
そう言えば、去年の夏に、私は妻子と共にこの湖に来たのです。
このレストハウスのトイレに寄り、山を越える途中で交通事故に遭遇したのでした。
「すると・・・。妻は。ケンイチは・・・」
その答えを私は、十分過ぎるほど知っています。
「そうか。俺はこのためにここに来たんだったな」
人気の無い湖を訪れた理由がわかりました。
後ろの座席を振り返ると、練炭の入った七輪が置いてあります。
外では、びゅうびゅうと風が吹き、「チチチ」と雪が窓に当たる音が聞こえます。
ここで覚醒。
つい数日前に、名栗湖に行きましたが、その時に沸いた「冬の湖」のイメージを、改めて夢で見たもののようです。