日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第264夜 火葬場

眠りに就けたのは朝になってから。
昼までの2時間の睡眠中に観た夢です。

眼を開くと、ボイラーのような機械の前にいる。
「ここはどこだろ?」
立ち上がって、周囲を調べてみた。

どうやら産業廃棄物の処理施設らしい。
おそらく中間処理場で、ごみをここで焼却しているのだ。
上が塔で、下がお釜のような形の施設が5、6機ほど見えている。

ごみを焼くと、釜の壁面にスラグが溜まる。
スラグとは残滓のことで、固くこびりついた灰だ。
これが溜まると、焼却能力が落ちるので、それを防止すべくこんな形になっているのだ。
(あれれ。なんでオレはこんな知識があるんだろ。)

施設の外に出ると、すぐ近くに事務棟のような建物があった。
そこに入って、更衣室に向かった。
鏡に自分を映してみると、オレは作業着を着ていた。
胸には名札が付いている。
「オレはここで働いているんだな」

でも、今は真夜中だ。
こんな真夜中に施設を稼働したりはしていないよな。
「というのは、表向きの話だ。前に住んでいたT沢だって、家の周りには16ヵ所の中間処理場があったけれど、時々、深夜に靄が出ることがあっただろ。あれは、日中に終わらなかった焼却処理を夜中にもやって、ノルマをこなそうとしていたのだ」
四六時中、煙が蔓延していたから、妻子は皆、ぜんそくに罹っちまった。
それで引っ越しをしたのだが、引っ越した後に、再就職したのがこの処理会社だ。
どこまでも、焼却施設に縁があると見える。

ノルマをこなさないと、ゴミがどんどん溜まる。
このため、この会社では、輪番の当番を決め、夜にも焼却していた。
もちろん、消却担当は1人だけで、あとは灰の搬出要員だ。
灰を掻き出すと、トラックは出て行くので、当番は概ね1人だけ。他には入り口のガードマン1人しか人はいない。

ところが、たまに深夜でも搬入が行われることがある。
概ねここの社長が独断で引き受けた物件だ。
大企業では、役員が変わる時に、「前の役員の物は全部廃棄してくれ」というリクエストが発生することがある。
役員間の人間関係によるもので、新役員が前の役員を嫌っていたりする場合だ。
椅子などの調度類から壁に架けられた絵画まで、「あのヤローが関わっていた品など捨ててしまえ」ということだ。
そういうケースではウチの社長が自らゴミの回収に行く。
壁の絵が思わぬ値打物だったりするためだ。
ウチの社長の家には玄関にシャガールの絵が飾ってあるらしいが、これはそうやって手に入れた品らしい。
もちろん、バリバリの本物だ。
3百万とか5百万の調度類を、あっさり「捨ててくれ」と言えるところが、大企業のトップに座る醍醐味だろ。

事務所の日程表を見ると、「2:00」と朱文字で書いてあった。
今夜は「特別搬入」があるらしい。
特別搬入は、こういう類の通常ルートには乗らない処理のことだ。
社長の周辺でめぼしい物を拾ったら、残りはリクエスト通りに焼くが、営業時間外で行うため、どうしてもこの時間になるわけだ。

車は時間通りに来た。
いつも通り、引っ越し用のトラックだった。
深夜に回収車が走ってたら不自然だし、あれはスピードが出ない。
ゴミは都心で出るが、ここはY県の山奥だからな。

その車には、若い男2人が乗っていた。
「社長さんに言われてるだろ」
横柄な態度だ。
荷物は150センチ角の大きな段ボール箱が1つだけだった。
いつもより少ない。
「これだけですか?」
「あとからもう1台来るから。積み込みが間に合わなかったから、先にこっちだけで来た」
道理で荷物が少なかったはずだ。
「後ろのは乗用車だけど、同じ話だからね。門を開けるようにガードマンに言ってくれよ」
「分かりました」

キャリアで段ボールを運ぶ。
持ち上げた感じでは、80キロかそこらだ。
段ボールには隙間があるようで、持ち上げた拍子に、中の物がごとごとと動いた。
投入口から箱を中に落とす。
今夜はあまり処理すべきゴミの量が多くないので、一番小さな3号機を使うことになっていた。

全部のゴミを機械の中に入れ、残りは特別搬入だけになった。
先に始めてしまうと、後から来たヤツを、最初からやり直さなくてはならない。
「乗用車で来る」というから、大した量じゃない。
オレはそれが来るのを待って、消却を始めることにした。

それから10分も経たぬうちに、その車が来た。
車は大型のBMだった。
「こんな山中に来るのにBMかよ」
内心そう思ったが、もちろん、態度には出さない。
コイツらは社長のコネだからな。

来たのは、またもや男が2人。
今度は2人とも40歳くらいだ。
男たちが車の後部から運び出したのは、長くて太いボストンバッグだった。
テレビのサスペンスドラマで時々見るが、普段これを使っている人は少ないだろ。
「この大きさなら死体も入れられますね」
オレが冗談を言うと、呼吸3回分の沈黙が出来ちまった。
その後で、小柄な方が唐突に「そうだよな。本当にそれくらいの大きさだよな。ハハハ」と笑った。
オレが軽口を言っていたことに、ようやく気付いたのだ。

お釜の前まで行き、キャリアから荷物を下ろした。
「ここで良いですよ。後はやって置きますから」
男2人が黙ったまま、オレのことを見詰める。
「これを落としたら、すぐにスイッチを入れます。ウチの機械は性能が良いので、今夜の量なら40分で全部焼けてしまいます。あとは灰しか残りませんから」
これで小さい方が頷いた。
「そうか。じゃあよろしく頼む。これから東京まで戻らねばならんのでね」
こっちの方が片方より立場が上らしい。
男たちはそそくさと立ち去った。

「よし。さっさと片付けて、休憩室で寝よう」
オレはボストンバッグを持ち上げた。
大きさの割には案外軽く、50キロかそこらだった。
「なんだ大したことないな」
エイヤッと肩の上にバッグを担ぐ。
すると、バッグの中から、「うっ」という声がした。
おいおい。

落とし口の手前で、バッグを下ろした。
ファスナーを少し開いて見ると、すぐ下から女の顔が現れた。
「マジかよ」
だいぶ殴られたらしく、顔のあちこちが紫色になっている。
齢の頃は35かそこらだろ。

「参ったな」
夜のゴミ焼き場には、こんなヤツも来るわけだ。
道理で、今夜来た男たちの顔つきの悪かったこと、悪かったこと。
裏の社会の人間なんだな。
ウチの社長のヤロー。こんなヤツらとも付き合っていたわけだ。

ま、産業廃棄物処理の世界は、ごろつきとも関わりがある。
中間処理場はともかく、最終処分場になれば、用地の取得が大変だ。
自分たちの暮らしにも必要な施設だと言うのに、地元住民は「とにかく反対」が大半だからな。
地上げをするには、その筋のプロの手を借りる必要がある。
脅すのではなく、巧妙に金をちらつかせるのだ。
あるいは、ここのように山奥の村を探して来て、村の施設をタダで作ってやる。中間処理場から最終処分場まで一切だ。
少なくとも30億は掛かるが、これがタダ。
どこの自治体でも必要な施設なんだし、過疎の村は大歓迎だ。
もちろん、その分の権利はこちらで貰う。
村から出る焼却灰の量なら、10年分でも1辰凌爾気肪しない。
こちらの会社はその上の20段の権利を貰うが、これは3、4年で埋まってしまう。
その数年の間に、30億などあっさりと回収できてしまうのだ。
難しい仕事だが旨味も多い。だから、その筋の者が寄りついて来るのだ。

用地の選定には、その筋の人の中で比較的「上品なヤツ」が行う。
経済ヤクザは傍目ではまったく分からないが、やはり裏ではヤバい筋と繋がっている。
そいつらにとって「跡形も無く焼いてしまいたいゴミ」など、いくらでも出るのだ。

とにかく、この女は生きている。
これからどうしたものか。
若くて美人なら、すぐに助けてやるが、コイツを見てみろ。
恐らくは金のトラブルで消されようとしているのだ。
いかにも厚かましそうな唇と、この厚化粧だ。

それ以前に、オレがコイツを助けたことが分かったら、オレやオレの家族の命までヤバいよな。
次にこの焼却場の灰となるのは、オレかもしれん。
このまま知らんふりをする手もある。
ボストンバッグを蹴り落として、ゴミと一緒に焼いてしまえば、小一時間で灰しか残らない。
いっそのこと、そうしてしまおうか。
人殺しだが、殺されるよりはましだ。

巨大な焼き釜を前にして、オレは次の行動に踏み出せず、ただじっとその場に佇んでいる。

ここで覚醒。

若い頃、雀荘に入り浸り、高額な麻雀を打っていたことがあります。
その頃周りに座っていた客は、その筋の人か、廃棄物処理業の社長さんたちでした。
卓の内外で見聞きした記憶を編集し、想像や妄想を加え、夢で再構成したのだろうと思います。
詳細を思い描けるのは、実際に施設を見たことがあるせいですね。
これは、いずれ作品の中で使うつもりのエピソードです。