日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第266夜 バスの中で

このところ、体調が悪いせいか、夢見が良くありません。
それ以前に、かなり疲れているのに、なかなか寝られず、ただ横になっていることが多いです。
困ったもんです。

目が醒めると、バスの中。
昔風に、前の部分が「犬の顔」みたいな形をしたバスだ。
昭和40年代の前半くらいまでは、よく走っていたタイプだ。
道が悪いらしく、右に左に体が揺れる。
バスの前の方に別の乗客たちチラホラ見えている。

「オレはどこに行こうとしてるんだろ」
今は夜で、外の景色はわからない。
窓ガラスに映る自分の顔は、もはや初老だった。

オレは通路側に座っているが、隣の窓側にも人が座っていた。
30歳かもう少し若いくらいの女だった。
空いているのに、なぜか同じ座席に並んで座っていた。
年恰好から見て、オレの知り合いとは思えない。

女が「オヤジの隣は嫌だな」と思っているかもしれんので、少し自分の体を女から遠ざける。
これくらいの年ごろの女は自意識過剰だしな。
「ま、女は自分本来の姿が見えず、あるいは見ようとしない。こうありたい自分を自分だと思っている。だから、結局は死ぬまで自意識過剰なんだよな」
オレは頭の中でそう思い、クスリと笑った。
すると、オレが笑ったのを感じ取ったのか、女が身じろぎをした。
(イケネ。これじゃあ、この若い女の思う壺だ。オレを変態オヤジの立ち位置に置こうとするだろ。)
しかし、この場合、「思う壺」という表現の仕方はおかしいよな。
また笑みを浮かべそうになるが、ここは我慢した。

胸のポケットに何か固い紙が入っているらしく、オレが体を少し動かすだけで、胸にごわごわとした触感を覚える。
手を入れて見ると、ポケットに入っていたのは写真だった。
取り出して眺めると、そこに写っていたのは、女と子どもの2人だった。
「誰だろ?」
よく思い出せない。
しばらく眺めていると、その写真に隣の女が気づいた。
「奥さまとお嬢ちゃんですか?」
そう言われればそんな気もしてくる。
「もう違うんですよ」
言葉が勝手にオレの口から出ていた。

「もう違う」ってどういう意味だろな。
死別したとか、離婚したとか、色んな事情がありそうだ。
改めて写真を見ると、女の方は30歳くらい。娘の方は、まだ3歳かそこらだ。
オレの齢には似つかわしくない。
(たぶん、だいぶ前に妻子と別れた、という設定なんだな。)
そう考えて、また自分の言葉に驚く。
この「設定」てのは、一体どういう意味だろ。

「不思議ですよね」
唐突に隣の女が呟く。
まるでオレの頭の中を読んでいるかのようだ。
オレは思わず女に訊いてしまった。
「今、私は考えていることを口に出していましたか?」
女はその問いには答えず、オレに向き直る。

「貴方は普通の人とは違いますね。頭のすぐ内側に壁がある」
何だって?何を言ってるんだよ、コイツは。
「普通の人は頭で考えていることが額のところまで浮いています。そのすぐ後ろ側が感情や欲望。想念を掻き分ければ、大概の人はそこまで見通せます。でも、貴方はすぐ下に厚い壁がありますね。その奥に何があるのか、ほとんど分からない」
オレは直感が働く方だ。
すぐにこの女が何者かを悟った。

「お前。女の姿をしているが、本当は妖怪だな。サトリという奴だろ」
この女は、他人が考えていることが分かるのだ。
いや「女」ではない。この妖怪には性が無く、相手によって姿を変える。
「女で良いんですよ。実際、今の私は女の気分なんだから」
やはり、オレの思考の一部は読まれていた。
「でも、私が分かるのは貴方が考えていることのほんの一部です。大半は壁の向こう。こんなことは初めてです。それで、興味を押さえきれずに、お声を掛けたのです」
ここでオレは女の眼を覗きこんだ。
「そりゃそうだよ」
写真を胸のポケットに仕舞う。
「私は元々精神科医だ。人の心の何たるかは熟知している。本当の自分を他人には知られたくないし、普段は自分自身でも意識したくないから、心の奥底に隠しているんだ」
「それほど秘密にしたいことがある、ということ?」
「そうだよ。私は自分自身にほとほとウンザリしているのだ」
女が見る角度を変えながら、オレの表情を窺っている。
何とかして、オレの思考を読もうとしているのだ。
でもそりゃ無理だよ。
オレの本性がいつ表に出て来るかは、オレ自身もはっきりと分からない。

「でも、今はあともう少しだね。ほんの少し待っていれば、きっとオレの考えていることが見えるようになる」
オレは通路の向かい側の座席に移り、網棚に載せてあったカバンを下ろした。
ファスナーを引き開ける。
女はその様子をじっと見ていたが、突然、オレのことを指差した。
「人殺し!あんたは人殺しだ」
ようやくオレの心の中を読むことが出来たのだ。

オレはカバンから、出刃包丁を取り出した。
「正解。オレは連続殺人犯だ。バスに乗っては乗客を皆殺しにする、あの『死神』と呼ばれる殺人鬼は、まさにオレのことだ」
オレは自分の本性を気取られないために、日頃は自分が何者かすら分からないくらい自分の記憶を粉飾しているのだった。元々、精神科医だし、自己暗示などはお手の物だ。
空いたカバンの口から、バラバラと写真がこぼれ落ちる。
それは、オレが殺した奴らから奪い取った戦利品だった。

ここで覚醒。

設定が突拍子で、そういう意味では夢らしい夢でした。