◎夢の話 第549夜 烏女
これは郷里に滞在中に観た夢です。
夢の中のオレは三十台後半。妻と中学生の娘がいる。
ある日の夕方、中学生の娘が家に入って来るなり、こう言った。
「うちのベランダに鳥がいるよ。カッコウか百舌かは知らないけれど、何か野鳥だよね」
オレは窓に近寄り、カーテンを開けた。
すると、娘の言ったとおりに、ベランダの手すりの上に一羽の鳥が止まっていた。
「これはカッコウだな」
都会では珍しい。
「こいつは悪賢い鳥で、百舌やホオジロなんかの巣に卵を産み付ける。本来の卵の数と合うように、ひとつだけ卵を外に放り出し、その代わりに自分のをひとつ産むんだよ。孵化すると、カッコウの雛は他の雛鳥を巣から放り出して、親を独占する」
「ふうん」
分かったか分からないのか、娘は自分の部屋に向かった。
オレはカーテンを開けたまま、居間で本を読んでいた。
そのまま小一時間ほど経った頃、娘が飲み物を取りに居間に戻って来た。
「お父さん。あれ」
娘が指差したのは窓。
そこで窓の方を向くと、ベランダの手すりにカッコウが三羽止まっていた。
そして、その鳥はすぐに四羽になり、五羽になった。
「何だか、この家を見張っているみたいだよね」
ここに妻が帰宅して来た。
娘が「お母さん。カッコウが来てるんだよ」と言うので、妻が窓に目をやる。
すると、すぐさま妻の表情が変わった。
「お父さん。すぐにカーテンを閉めて」
妻に言われるまま、オレは窓に行き、カーテンを閉めた。
振り返ると、妻が何やらひそひそと娘に話をしていた。
ひとしきり話が済むと、娘がこくんと頷く。
「二人でこそこそと何を話しているんだ。俺にも教えてくれよ」
オレがそう言うと、妻は真向かいの椅子に座った。
「あなた。私は今日、貴方に伝えることがあります」
「何だよ。あらたまって」
妻は背筋を伸ばし、両手を膝の上に置いている。
「私は貴方のお母さんのことを知っています」
さすがにドキッとする。
妻には母のことを話していなかったのだ。
今から十年前、父が亡くなる直前に母のことを知らされた。
母は山に棲む一族の者で、雪女だった。
そして、あの物語と同じように、自分のことを口外する禁を破ったという理由で、母は父と私の前から去ったのだった。
「私は貴方がお母さんのことを知る前から、そのことを知っていました。何故なら私も同じ一族の者だからです」
「何だって?お前も雪女だと言うのか」
「その言い方は人間のもので、実際の私たちとは別のものです。でも、人間の言い方をするのなら答は『はい』です。私は貴方を守り、指導するために遣わされたのです」
あまりの驚きに声も出ない。
「それに、私たちの血を繋ぐためには、同種で結婚し、子を産む必要があります。仲間の数は限られますから、私が選ばれ、貴方の許に来たのです」
「そんな・・・。それは本当なのか」
ここでオレは、ひとつのことを思い出した。
母の種族の寿命はおよそ三百五十年。母は百歳を優に越えていたが、まだ若々しかった。
「じゃあ、お前は本当は何歳なの?」
「ごめんなさい。本当は八十歳です」
妻が自分の顔を両手でつるんと撫でる。
次にその手を離すと、その下からは二十歳くらいの娘の顔が現れた。
「それでも、私らの中では、人間の十七歳くらいと変わりありません」
一目瞭然だ。あの時、母も自分の本当の姿を見せたが、どう見ても二十台だった。
「貴方のお母さんは、今、私たちの女王になられています。その女王の代わりに、私が宣言します。貴方はお父さんと共に、禁を破った者として追放されましたが、今日、その懲罰を解きます」
唐突な話だ。何のことか分からない。
「そりゃ一体どういうことだよ」
「窓の外を見たでしょう。あれは私たちの種族の敵が放った見張りです。私たちはもはや発見されました。すぐに敵が襲って来ますから、貴方も準備して下さい」
準備だと。何を準備すればよいのか。
「今、私たちの仲間は山を下り、人間の中に混じって暮らしています。貴方もご存知の通り、表向きは人間と変わりありません。でも、自分がそう思えば元の姿に戻ることが出来るのです」
妻の説明を要約すると、こんな具合だった。
母や妻の種族は、完全な女系で、人間には無い特殊な力は総て女に受け継がれる。男は完全なる労働力で、将棋で言えば「歩」だ。女はその他の駒で、その者によって能力が異なる。妻はちょうど「龍王」で、娘は「成香」くらいの位置に当たる。
将棋に例えると分かりやすいが、それもその筈で、将棋自体が母や妻の一族のことを表現したものだ。母たちは将棋の世界に生きているのだ。
「そして私たちの世界には、将棋と同じように対抗勢力があります。私たちは長い間、その勢力と戦って来たのですが、再び戦いの時が来ました」
その時、家の上の方でばさばさという羽音が響いた。
窓の外を見ると、あのカッコーたちの姿が消えていた。
「敵はもうすぐ外まで来ています。外で戦いましょう」
妻の言葉に、オレは妻子と一緒に玄関を出た。
上を見ると、空一面に鳥のようなものが飛び交っていた。
「あれはなんだ。カッコーやムクドリとは違うぞ」
「あれは烏女です。敵方の桂馬です」
ざっと二百羽はいそうだ。あまりにも数が多い。
そのうちの一羽が下の方に降りてきた。まずは偵察をしに来たのだ。
驚いたことに、羽を羽ばたかせて飛んでいるそいつの胴体は人間だった。
裸の女の体が付いているのだ。
つんと上を向いた乳房と丸い尻。うっすらと陰毛まで見える。
「人間なら上々のスタイルの持ち主だが・・・」
しかし、肩から上には烏の羽と、烏の頭が付いている。
胸から下が艶かしい姿をしているだけに、かえってグロテスクさが際立つ。
「こりゃ警察か自衛隊を呼んだほうが早そうだ」
オレがそう呟くと、妻がすぐさま否定した。
「本性の時には、人間には見えなくなるのです。あの烏女だけでなく私たちも同じです。さあ美奈。行くよ」
妻がそう言うと、すぐさまつむじ風が巻き起こった。
それはたちまち竜巻になり、周囲に雹や雪を撒き散らし始めた。
烏女が空から急降下して、妻たちに襲い掛かる。
しかし、妻たちの氷の竜巻に触れると、烏女はかちこちに凍って次々地面に落ちた。
力的には妻たちの方が上なのだが、如何せん、あの数だ。
「オレも何とかして、妻たちを助けないと」
すると、その考えが伝わったのか、竜巻のひとつから声が響いた。
「あなたも元の姿に戻って、一緒に戦って」
「え。そう言われても、どうして良いか分からない」
しかし、ここでオレはすぐに気が付いた。
「オレの母は雪女で、妻たちの種族の女王だ。と言うことは、オレだって同じ種族ということだよな」
雪女の仲間ということは、すなわちオレは・・・。
「簡単だ。オレは雪男になれるってことだよ」
その瞬間、オレの背丈が三メートルに伸び、体が剛毛で覆われた。
ここで覚醒。
かつて書いた『雪女』の続編でした。
少しマーベル風なので、コミック的なテイストを消すことが出来れば、物語に出来ると思います。
昨今はコミック・ヒーローか、タイムワープみたいな話しか出回らないのですが、私はそう言うのが最も嫌いです。
正攻法の怪異譚で行きます。