日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

こんなドラマ観ました 『ゾーズ・フー・キル─殺意の深層─』

◎『ゾーズ・フー・キル ─殺意の深層─』

 DVDで視聴しました(3度目)。
 このドラマが成功しているのは、最後のエピソードのこの場面です。

 プロファイラーのトマスが、警察を去ることになり、署内でお別れ会が開かれる。
 トマスは離婚した元妻とよりを戻すことになり、妻子のために犯罪捜査から足を洗うことになったのだ。
 相棒の女性刑事カトリーネは、トマスと一緒に犯罪捜査を行い、幾度となく2人協力して窮地を脱して来た。頼りになる相棒が消える段になって、カトリーネは初めて、自らがトマスのことを愛していると悟る。
 皆がトマスに「元気でな」と声を掛ける中、カトリーネは独りで部屋の外に出る。
 同僚に背中を向け、廊下に立つカトリーネは、無意識に顔を歪める。
 それは勝気なカトリーネが、これまで一度も見せなかった感情表現だった。

 さて、この原作を書いたのはデンマークの女性作家エルセベート・エゴームだ。
 女性刑事とプロファイラーという捜査モノの陰に隠れて、この作家が本当に書きたかったのは、愛情のあり方とその喪失感だった。
 人は多く、自分の本当の心が分からない。本当の愛情を知った時に、その愛情がけして叶えられぬものになったとしたら。
 これがこのドラマの本当のテーマになっている。

 カトリーネは、男勝りで、男を押しのけても前に出るタイプだ。
 男性と付き合ったことはあるが、一度も心を許したことはない。
 初めて「ずっと一緒にいられる」と思う男に出会うが、その男は殺人鬼だった。
 様々な事件捜査を通じて、トマスと行動を共にして行くが、幾度となくトマスと一緒になれるチャンスがあったのに、カトリーネはそうしなかった。
 「警察を去り、妻子の許に戻る」とトマスが告げた時ですらも、カトリーネは心の内を明かさない。そんなカトリーネにトマスは、「(自分を含め、相手の胸に)ただ飛び込めば良かったんだよ」と諭す。
 この時、カトリーネは初めて、自分自身の本当の心に気付く。
 だが、もはや手遅れだった。
 こうして、終始無表情だったカトリーネが、初めて顔を著しく歪ませたのだった。

 この後、すぐに「これでもか」という仕打ちが待っていた。
 子を異常者に殺された父親が、その異常者を診察したトマスを恨み、トマスの息子を爆死させようとする。
 トマスは息子を守るために、身代わりとなって死ぬことを選ぶ。
 カトリーネを待っていたのは、決定的な喪失だった。
 傷心のカトリーネは、警察を辞め、ミュンヘンに旅立つ。

 すなわち、
 トマスの胸に飛び込む機会は幾度となくあったのに、そうしなかったこと。
 そのトマスの命を救えなかったこと。
 これがカトリーネの心を打ちのめすのです。

 てなふうに書くと、このドラマの本質が分かりよいです。
 奇をてらうような猟奇殺人と、プロファイラーによる捜査に目が行くところですが、原作者にとっては、そんなものはどうでも良かったのだろうと思います。
 テレビでは3シリーズ、DVDでは6本のシリーズものになっていますが、実は全体でひとつの物語になっています。
 序盤からの数々の出来事は、総て布石であり、カトリーネの心が変化していく過程に過ぎません。
 しかも、原作者が本当に書こうと思ったのは、カトリーネがトマスとの別れを意識して、顔を歪める、あの送別会の一場面の何行かだろうと思います。

 3回目にしてようやくこれが分かり、カトリーネと一緒に泣きました。
 お子ちゃまには分からない、大人のドラマになっています。