日刊早坂ノボル新聞

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夢の話 第595夜 女護村  (その1)

夢の話 第595夜 女護村  (その1)
 14日の午前3時に観た夢です。

 渓流釣りをすべく、山の奥に分け入った。
 俺はこれが唯一の道楽だから、ランドクルーザーを持っている。
 だから大概のところは平気。ずっとそう思っていた。
 しかし、今回の俺はどこかで道を間違えたらしく、行き場を失くしてしまった。
 カーナビも役に立たない。四方数十キロに、まったく道が無い場所に入っていたからだ。
 そうこうしているうちに、前も後ろも行き止まりになった。
 何時の間にか、峡谷の中に入り込んでいたのだ。
 「果たしてこれからどうしたものか」
 まあ、あれこれ考えても仕方が無い。
 カーナビが使えないくらいの山奥だから、携帯なんぞ繋がらない。
 「とりあえず、今日はどこかで寝ないとな」
 車を停め、川から少し上がったところで寝場所を作ることにした。
 川の傍だと、雨が降った時に、鉄砲水が押し寄せることがある。
 岩だらけの崖を登ると、手ごろな平地があった。広さは八畳ほどだ。
 俺はそこに寝袋を敷いた。

 「さて。次は飯だな」
 平地の端のほうに穴を掘り、そこで火を焚くことにした。
 崖の縁にしゃがみ込み、穴を掘っていると、何やらかさこそという音が聞こえて来た。
 目の前の岩の後ろのほうからだ。
 「何だろ?」
 手を止めて、岩を見るが、別段何の異状も無い。
 再び穴を掘り始める。山火事を起こさぬように、焚き火をするのは、穴の中だ。
 小岩を取り除き、竈が出来たところで、俺は顔を上げた。
 すると、すぐ目の前に人が立っていた。
 しかも三人の女だ。
 俺は驚き、「わ」と声を上げた。
 その時、俺の足元の足場が崩れ、俺はごろごろと崖を転がった。

 気が付いてみると、俺はどこか知らぬ家の中で寝かされていた。
 板間の上に布団を敷き、そこに横たわっていたのだ。
 右足には添え木が当てられている。
 動かそうとすると、強烈な痛みが走る。
 「イテテテ」
 すると、どこからともなく女が現れた。
 「動いては駄目ですよ。あなたは足の骨を折ったのです」
 俺は女を見上げた。
 女は三十歳くらい。ほっそりとした体型で、目鼻の整った顔立ちだ。
 こんな山奥には似つかわしくない、洗練された姿だった。
 着物一枚、時代劇で言う小袖というヤツを着ているが、着物の上からでもスタイルの良さが際立っている。

 「ここはどこですか」
 女は俺のことをじっと見る。
 「ここは御白神村です」
 一度も聞いたことがない名前だ。
 「少し失礼かもしれないが、俺はこの県で生まれ育ったけれど、一度もこの村のことは聞いたことがありません」
 すると、女はにっこりと微笑んだ。
 「それはそうでしょう。ここは人里離れていますから」
 「どうやってここに入って来たのかが分からないのですが、外にはどういう風に行き来しているのですか?」
 「外にはどうしても必要な時以外は出ません。私たちは自給自足の生活を送っているのです」
 え。自然の中での生活を好む人が、山奥でそういう暮らしをしているのをテレビで観たことはある。でも、こんな風に実際に居るとはな。
 「ここには何人の方が居られるのですか」
 「百三十人くらいですね」
 数人かと思ったが、結構、沢山居たわけだ。
 ま、それもそうだ。こうやって、普通規模の家を建てて暮らしているのだから、それなりの人数が必要だろう。

 この時、廊下のほうから、人の声と足音が聞こえて来た。
 「うふふ」「そんなことないわよ」
三人、もしくは五人くらいか。
 障子の陰から二人が顔を出す。たぶん、その後ろにも一人二人。
 顔を見せたのは若い女たちだった。
 いずれも目の前の女と同じように、目元がすっきりした顔立ちだ。
 「珍しいヤツが現れたから、覗きに来た」といったところなのだろう。
 皆が一様に小袖一枚のみを身に着けている。
 俺は自分が戦国時代に来たような錯覚を覚えた。

 「こらこら。お客さまに失礼なことをするのは許しませんよ」
 目の前の女が女たちを厳しく諭す。
 「はあい」「はあい」と返事をして、女たちは廊下を引き返して行った。
 最初の女が終えに向き直ったところで、俺はその女に尋ねた。
 「俺が家に帰れるようになるのは何時頃ですか」
 すると女は二三秒ほど考え、ゆっくりと答えた。
 「七日の間は動けません。歩けるようになるまでがさらに五日。山を越えられるのは、そのずっと先です。まあ、ひと月くらいかしらね。しばらくは我慢するほかはありません」
 ひと月だと。そんなに長い間、「行方不明」になるわけか。
 「電話とかありませんか」
 「いえ」
 やっぱりそうか。電話が無いのでは、ネットなんぞ言わずもがなだ。
 となると、外との連絡の手段がまったく無い。
 「では、治るまで俺はここにいるということだ」
 「そうですね。今は初夏ですし、鳥の声が聞こえます。のんびりするには良い季節ですよ」
 まあ、他に選択肢は無いようだ。
 「俺の名は金藤と言います。あなたは?」
 女は再びにっこりと微笑む。
 「私の名前は琴乃です。ここは私たち姉妹の家です」 (続く)