夢の話 第595夜 女護村 (その2)
こうして、この村での生活が始まった。
と言っても、俺はただ寝ているだけで、何をするわけでもない。
琴乃や妹たちが運んでくる料理を食べ、外を眺めているだけだ。
トイレに行く時は、誰かに肩を貸して貰うが、ここの便座は洋式のように座るタイプだったから問題はない。何代か前の者で病人が居たから、こういうつくりになったのだそうだ。
ま、田舎だけにポットン便所ではある。
時々、村人が訪ねて来ては、俺の顔を見てゆく。
なぜか総て女性だ。色んな年齢層が現れるが、どの女も顔立ちが整っており、スタイルが良い。
「おそらく全員の血が繋がっているのだな」
年恰好が近い者だと、誰が誰だか見分けが付かない。
皆、同じような格好をしているから尚更そうだ。
三日目に俺は琴乃に訊いてみた。
「もう数十人と会ったけど、まだ男の人とは話をしていません。男の人たちは何をしているのですか?」
すると、琴乃は俺の両目を見詰めながらこう答えた。
「この村に男はいません。女だけです」
そんな馬鹿な。それでは暮らしが成り立たない。
「え?ここには十歳くらいの子もいる。男がいなくて、どうやって子どもが出来るの」
ま、簡単だ。男たちは出稼ぎに出ているわけだ。
時々、帰って来るから、子どもだって出来る。
しかし、琴乃の答は違った。
「この村では、男はすぐにいなくなってしまうのです」
いなくなる。女たちを捨てて出て行ってしまうということか。
「でも、ここの方たちは、皆きれいで、品があります。どうして出て行くのですか」
琴乃は深く溜め息をついた。
「ここには厳しいしきたりがありますから」
なるほど。かなり厳しい規律か戒律があり、それに男は耐えられず出て行ってしまうわけだ。すなわち、男にとって厳しい決まりということだ。
俺の頭の中には、男たちが滝に打たれて修行をする姿が浮かんだ。
「もったいない話です。ここの環境は穏やかな暮らしをするには最高です。しかも、しとやかな女性たちが沢山いる。男にとっては桃源郷ですよ」
リップサービスではなく、俺は本心からそう思っていた。
「食事をお持ちしました」
開いた襖の間から、女が二人入って来る。
いずれも十台の半ばほどだ。十六七といったところか。
「こっちが四女の小梅で、もう片方が桃子です。二人は双子です。この上の二女が雪江で、三女が菊美です。そちらはもうお会いになっていますね」
小梅が膳を運び、桃子が徳利と杯を携えていた。
桃子が持っているのは、紛れも無く酒器だ。
「ここは酒もあるのですか。どうしているのです」
「酒も自分たちで作っています」
山の中で、米はさほど穫れなさそうなのに、どうやって作るのか。
そう言えば、ジャングルの部族だと、酒は初潮前の幼女が口に含んだもので醗酵させるんだったな。少しヒヤッとする。
「ま、そんなことはないか」
何気なくその言葉を口にすると、「え」と琴乃が俺を見た。
「何でもないです」
しかし、どの娘もどの女も美形揃いだった。
(どの娘か一人選べと言われれば、誰にするだろうか。)
俺は頭の中で思案した。
(やはり琴乃だな。俺は三十五だし、これくらいの女が気遣いが要らず、居心地が良い。)
ちょうどそのタイミングで琴乃が顔を上げる。
「何でしょうか」
俺は少しく恐縮した。
「いえ。何でもありません」
琴乃が俺を見る視線には、見惚れるほどの色気がある。
四日目の夜が来た。
食事の後、俺は風呂場に行き、そこで体を拭いた。
まだ風呂には入れないから、濡れタオルで体を拭くだけだ。
それから、部屋に連れ帰してもらい、床に横たわった。
すぐに眠くなり、目を瞑る。
眠りに落ちようとした時に、俺の布団の中に誰かが滑り込んで来た。
その誰かは背中の側に入り、俺の胸に手を回した。
「ケンジさん」
俺は一瞬、それは琴乃だと思った。
琴乃の方も、俺のことを憎からず思っていたのだ。
まさに望むべくところで、俺は体を反対に返した。
女は着物の襟を開いており、直に暖かな肌に触る。
俺はほとんど無意識に、その女の胸に手を当てていた。
張りのある乳房で、乳首がピンと立っていた。
ここで俺がその女の顔を見ると、そこにいたのは琴乃ではなかった。
「わ。お前は」
俺の寝床に入って来たのは、この家の三女の菊美だった。
菊美とは、たった一度挨拶を交わしただけだった。
「どうして・・・」
菊美は俺の首に両腕を巻き付けた。
「誰かに取られる前に、私のものにしないといけないの」
菊美の裸の太股が俺の左脚を挟み込む。
これではもはや抗えない。
「よく知らない余所者なのに、いいのか?」
菊美はこっくりと頷いた。
翌朝の夜のこと。
布団に入って休もうとしていると、誰かが部屋に入って来た。
灯りを落としてあったから、それが誰なのかはよく分からない。
前の晩と同じように、その女は俺の隣に体を滑り込ませる。
布団に入る直前に、着物を脱ぎ捨てたらしく、女は素裸だった。
(また、今夜も菊美が来たのか。)
俺はそう思って、女を抱き寄せた。
硬く張りのある乳房が俺の胸に当たる。
「ありゃ」
何だか、昨夜の感触とは違っていた。
「ふふ。私よ」
女が囁く。
(おいおい。これは双子のどっちかじゃないか。)
俺は少なからず驚いた。
動揺する俺を尻目に、女は俺の肌に体を合わせて来た。
(こりゃ、法的にどうなの?あの双子は確か十七かそこらのようだが。)
だが、男の性は哀れなもので、美しい女が裸で自分に寄り添っているとなれば、他に道はない。
俺はそのままその女と寝た。
そして次の日の朝が来た。
朝飯を食べ、ひと息ついているところに、琴乃が現れた。
琴乃は他に四十台の女二人を連れている。
「ケンジさん。今日はあなたにお話しすることがあります」
「はい」
改まった話らしい。俺は半身を起こす。
「この村のしきたりについてです。ここには前にも話した通り、厳しいしきたりがあります」
それは前に聞いた。
「もし何事も無く、怪我が完治したのなら、あなたの世界に帰る道筋をお教えします」
俺は琴乃の話のひと言に耳を留めた。
(「世界」だと。では、ここは俺のいるところとは「別の世界」だと言っているのか。)
「もしあなたがこの村の女を愛し、夫婦になりたいと思われるなら、その女と結婚することが出来ます。ずっとここで暮らしても構いませんし、二人で出て行っても宜しい」
ここは桃源郷のような場所だから、ずっとここにいるのも悪くない。
「でも、あなたが妻に出来るのは一人だけです。よって他の女と交渉を持つことは許されません。もし、その禁を破ると、男は原則として死罪です」
思わず息が止まった。
(おいおい。俺はもう二人の女と寝ているぞ。)
その俺の様子を見ながら、琴乃が話を続ける。
「仮に複数の女と交渉を持ってしまった時、死罪を免れるには、この村にいる女総ての共有物とならねばなりません」
「それはいったいどういうこと?」
「総ての女にとっての夫になるということです。百二十六人のそれぞれの夫の務めを果たすわけです。そうすれば、いずれは故郷に帰ることが出来るかもしれません」
ここで俺はピンと来た。
それは、俺がこの村の女全員と「寝なくてはならない」ということだ。
美人揃いだが、しかし、何せ百人超だ。果たして何時まで体が持つものか。
だが、殺されよりはましだ。生きていれば、いずれここを逃げ出すチャンスも生まれる。
俺の顔が歪んでいるのを眺めながら、琴乃は冷徹な口調で言った。
「あなたは、私の妹たちと寝ましたね。よって、死罪になりたくなければ、この村の女の夫になる他はありません。この村には厳しい序列があります。よって最初は村長(おさ)の夫になることから。今晩は村長と同衾して貰います」
「村長って幾つなの」
たぶん年配だよな。
「八十三歳です。この村には八十台が六人、七十台が八人、六十台が十六人います。あなたはその方々と順々に夫婦になるのです」
気が遠くなる。もはや芽を出すことの無い畑にまで、散々、種を撒かねばならないのか。
最後に琴乃は呟くように言った。
「私はあなたのことが好きでした。始めてお会いしたときに閃くものがあったのです。あなたもきっとそうだったことでしょう。それなら、私のことだけを待っていれば良かったのです。どうして私だけを待っていてくれなかったの」
「大切なもの」の大きさ重さは、失った時に初めて分かる。
俺は一瞬、琴乃と二人で手を繋ぎ、この村を出て行く姿を思い描いた。
だが、今となっては、それも夢だ。
琴乃に行き着くまでは、七八十人との辛い夜が立ちはだかっている。
ここで覚醒。