夢の話 第617夜 鬼退治
2日の午前5時に観た夢です。
殿様の命により、鬼退治に行くことになった。
この半年で、ご城下で五人が行方不明になり、山間の谷でバラバラ死体になって見つかったのだ。
狙われたのは、若い男女ばかり。死体は頭や手足が分断されていた。
この国の奥地には、高い山脈があり、そこには昔から「山の民」が住んでいた。
人里には滅多に下りて来ず、里の者とは、生活必需品を交換する程度の交流はあるが、しかし、ほとんどが謎のままだ。
だから、里の者も、ごく一部を除いては山に近付かないし、「山の民」とは距離を置いている。この「山の民」を露骨に「鬼」と呼ぶ者だって少なくない。
殿様はこの「山の民」が人殺しの犯人だと考え、息子の若君を総大将に決め、討伐隊を組織した。総勢八十人からなる討伐隊は、大半が侍の子弟で、これを機に名を上げようとする血気盛んな若者たちだった。
俺の名は村井半右衛門と言い、この隊の監査役だ。
齢は四十五歳で、討伐隊の中では唯一の大人なのだが、もちろん、捕り物には加わらず、専ら捕り物の経過を記録するのが務めになる。
山間の村までは一本道なので、分かりやすい。
最初の集落には、およそふた時で到着した。
まずは、村長のところに行き、状況を説明して、犯人に該当する者がいないかどうかを尋ねる。誰でもそう思うし、俺もそう思っていた。
ところが、若君とその取り巻きは、集落の入り口で散開すると、各々、鉄砲や弓を構えた。
「おい。何をする」
俺はその若者たちに背中から声を掛けたのだが、しかし、そいつらは家から人が出て来るのを見ると同時に攻撃を始めた。
「どどう」と銃声が響く。「ひゅうう」と鏑矢が音を立てる。
最初に出て来たのは、男二人だったが、すぐさま倒された。
あとは、酷いもんだった。
気配に気付いた村人が家の外に出ると、若君とその仲間はすぐさまその相手を殺した。
五人、十人と殺戮が続く。
人が出て来なくなると、若者たちは今度は茅葺の小屋ひとつ一つを回り、火を付けて回った。
火と煙に燻されて、中にいた年寄りや子どもが出て来る。
「まさか、この人たちまで・・・」
悪い予感が当たり、若者たちはその年寄りや子どもたちまでを手に掛けた。
俺はすかさず若君のところに走った。
「若君。これは不味いですぞ。これでは申し開きが立ちませぬ」
すると、若君はせせら笑い、「此度の討伐は、鬼を根絶やしにするのが狙いであろう。ぬしは口を出すな。それ以上言うと・・・」と刀に手を掛けた。
(この餓鬼。俺を脅しているのか。)
思わず、俺も自分の刀に手が伸びる。だが、こいつはいくら馬鹿でも、殿様の子だ。
いくら無法な輩でも、ここで俺が切り捨てるわけには行かない。
気が付くと、その場には三十人近くの屍が転がっていた。
俺はその場に立ち、呆然とただ眺めるだけだ。
すると、集落の外れから、若者三人が女一人を押さえつけながら、引きずって来た。
「若。見て下さい。こんな若いのが隠れていました」
その女を見ると、齢の頃は十七八。目鼻立ちの整った美しい娘だった。
「こんな山家には勿体無いぞ。この娘は殺さずに取って置け。後で色々と使えるからな。まずはここの鬼たちを総て退治してからだ」
娘に縄を掛け、集落の外れの欅の樹に結え付けた。
「この奥にも、何軒か小屋がある。そいつらも全部片付けるぞ」
若君がそう叫ぶと、命令に従い取り巻き連中が動き出した。
「村井。お前はここで死体を片付けて置け。お前は煩いからな。しち臭くついて来るなよ」
若君たちはそう言い残し、さらに山の奥に向かった。
その場に残ったのは、俺ともう一人、気の弱そうな若侍だけだった。
若侍は若君付の近習だったが、ひ弱なところがあり、ここに残されたのだ。
若侍の名は、東月之丞と言う。
東はぶるぶると震え、その場にしゃがみ込んでいた。
「村井さま。こんなことがあって良いものでしょうか」
東が上を向いて、俺の顔を見た。
「驚いたな。まさかこんなことになるとは。思ってもみなかった」
すると、東がもはや我慢できぬというように、俺に告白した。
「村井さま。町人を攫って殺していたのは、ここの者たちではありません。殺したのは若君さまたちです」
耳を疑う言葉だ。
「何だって。それは真か」
「ええ。私はその現場を見ていました。男であれば刀の試し切り。女であれば皆で犯した後に殺したのです」
「おい。気をつけて物を言え。それはこの国を揺るがす一大事だぞ」
だが、俺は分かっていた。
なぜ若君一派が、捜索を一切せずに、村人を殺し始めたのか。
男だけでなく、子どもや年寄りまで殺すのか。
「なるほど。一切の口を封じるためだ」
ここの村人を殺した後で、「犯人が抵抗したので殺した」「人を取って食らう鬼たちだった」と報告するつもりなのだ。
「そうなると・・・」
東が俺の目を見詰める。こいつもこの後の成り行きを悟っているのだ。
「俺や東は、ご城下には戻れなくなる。今やここに至る殺戮の生き証人は、俺と東だってことになるからな」
この二人を殺せば、「鬼どもが襲って来たから、やむなく皆殺しにした」といういいわけが立つ。
「不味いぞ。ここはひとまず逃げよう。あとはそれからだ」
俺は東と二人で、この山から下りることにした。
「お誂え向きに、もうじき日が落ちる。夜陰に乗じ、里まで逃げるのだ。そこからどうするかは、降りてから考えよう」
二人で村外れまで進むと、樹の根元に娘が転がっていた。
「可哀想に。あいつらが戻って来たら、この娘も輪姦されて、結局は殺されてしまう」
俺にはこの子と同じくらいの娘がいる。
俺はこの子が不憫になり、体を縛っていた縄を解いた。
「起きろ。俺たちと一緒に逃げるんだ」
娘を助け起こし、直ちに下山すべく歩き出した。
すると、ものの百歩も行かぬうちに、背後から声が掛けられた。
「おいおい。お前たち。いったいどこに行こうとしとるんだあ」
振り返ると、若君の取り巻き連中が立っていた。
「俺たちは、もう暗くなって来たから、こっちで野営しようと思って戻って来たのさ。そしたら、この有り様だものな」
へらへらと笑っている。
万事休すとはこのことだ。こいつらが俺たちを生かしたまま帰すなんてことは、もはや夢のまた夢だ。
俺たち三人が立ちすくんでいると、若侍たちの後ろから、松明を掲げた一団がやって来た。やはり若君一行だった。
「ふふふ。村井。貴様は逃げようとしていたのか。城に告げ口しても、私はその城の跡継ぎだ。どっちの方の話を信じるかな」
若君が刀を抜く。
「ま、城に辿り行くなんてことは、土台無理な話なんだがな」
松明の火が、俺たちの周りを取り囲む。
もはや絶望的な状況だ。俺は自分の刀の柄を強く握り締めた。
しかし、ここで唐突に大きな唸り声が響き始めた。
「ぐぐぐぐ」
「何だ」「どこで鳴っている」
皆が周囲を見回す。
すると、暗がりの中で唸っていたのは、この村の娘だった。
娘はすっくと立ち上がると、両手を上に突き上げた。
「うおおうう」
みりみりという音が響き、娘の体が膨れ上がる。
「おお」「なんだこれは」
侍たちが一斉に後退りする。
若侍が見守る中、ほんのふた呼吸で、娘は二十尺もの背丈になった。
全身の筋肉が盛り上がり、まるで牛のような巨大な頭が現れた。
「グワアア」
侍たちはここで今の事態を悟った。
「これは鬼だ」「本物の鬼じゃないか」
侍が四方に逃げ惑う。
しかし、鬼は敏捷に走り、侍を一人ずつ捕まえては、首を引き千切った。
その光景のあまりの恐ろしさに、俺と東はその場にしゃがみ込んでしまった。
「ギャア」「助けて」
断末魔の悲鳴が続き、俺は思わず両目を瞑った。
「どしん」
目前で響いたその音に目を開くと、俺の前に落ちていたのは、あの若君の首だった。
俺はそれを見た瞬間、すうっと意識を失った。
次に目が覚めてみると、もはや朝だった。
俺の隣では、東が同じように倒れていたから、俺は東を揺すり起こした。
東が目を擦りながら、半身を起こす。
周りを見回すと、雑然と武具や家のかけらが散らばっていたが、人の姿は消えていた。
死体があるはずだが、屍どころか血痕一つ残ってはいない。
ここで東が呟くように言った。
「あれはいったい何だったのでしょうか」
俺には何となく分かる。
「あれは、やはり人ではなかったのだ。おそらく、夜になると本性を現す類の生き物だったのだろう。まあ、鬼の仲間だ。だが、もちろん、人を殺して食ったりはしていない」
人を殺していたのは若君たちの方で、その悪辣な振る舞いにより、自分たちも殺されることになったのだ。
鬼の娘は「己を助けようとしてくれた者」と見なしたのか、俺たちを殺さずに姿を消した。
「あの娘。どこに行ったのでしょうか」
「さてな。人生の総てを失くした者が何を思うのかは、俺には分からない」
この時、俺の頭の片隅を、「ご城下は果たして無事だろうか」という思いが過ぎった。
ここで覚醒。
これは使えますね。丁寧に書き直して作品化します。