日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第710夜 扉

◎夢の話 第710夜 扉
 1月20日の午前3時に観た夢です。

 我に返ると、目の前に扉がある。
 俺は既にドアノブに手を掛け、押し始めていた。
 意識がおぼろげのまま、扉を押し開ける。
 中はあたかも倉庫バーの面持ちだ。15メートル四方の四角い部屋は、天井にパイプが走っている。
 入り口で足を止めて、自分の置かれた状況を考える。
 「そう言えば、ここは高架下だったな」
 何しに来たんだろ。
 
 部屋の中央にテーブルがあり、ちょうど正面奥に男が座っていた。
 70歳に手が届きそうな老人で、白髪頭。
 何やら書き物に目を通していたが、視線を上げ、俺の方を見た。
 「ここにひとが入って来るのは、随分久し振りだな」
 何だか嫌な予感がする。
 その予感がたちまち的中して、「ダアン」が来た。
 俺の全身を貫く雷の一撃のことを、俺は「ダアン」と呼んでいる。
 「ダアン」は心臓がしゃっくりを起こす症状で、いわゆる心不全だ。
 今回の「ダアン」はかなり重くて、俺はその場に崩れ落ちた。
 入り口を跨いだところで倒れたので、体は部屋の中だが、右足の先は戸口の外側に引っ掛かっている。
 ほんの数秒で、手足から感覚が無くなった。
 いつも胸のペンダントにニトロ錠剤を入れて携帯しているのだが、手が動かないのだから、薬を取り出すこともままならない。
 「もし『次』があるのなら、別の手段にしたほうが良さそうだ。ペンダントだと捻って開ける必要があるからな」
 いざ発症したら、そんなのは無理だ。

 体をひねって倒れたので、上半身は上を向いていた。
 俺はぼんやりと部屋の中を眺めた。
 正面の老人は、俺のことには興味がなさそうに、書類を読んでいる。
 「こいつ。俺を助けようなんて気持ちはさらさら無いようだ」
 そこで、左手の方に目を向けた。
 そこにも男がいた。30歳くらいの男で、作業服みたいなのを着ている。
 「ああ良かった。他にも人がいる」
 だが、けして俺にとって良い事態ではなかった。
 よく見ると、その男は空中に浮いていたのだ。ちょうど床から40、50センチほど上のところで、男の体がゆらゆらと揺れている。
 「おいおい。あれは仏さまじゃないか」
 倉庫作りだから天井が高く、上のほうが薄暗い。そのせいで綱や紐は見えないが、おそらく首を吊ったヤツだろう。
 だが、俺の考えは少し的を外していたらしい。
 その男がブツブツと呟く声が聞こえたのだ。

 「なんで俺のことを誰一人分かってくれないんだろ。俺がこんなに努力をし、苦労して来たのに誰も気付いちゃくれない。そんなことなら俺は・・・」
 男が呟いているのは、恨み言だった。
 その男は「仏さま」じゃなく、死んだ後のヤツだった。すなわち幽霊だ。
 首を吊って死んだが、この世に恨みを残している。だからそのままのかたちで、宙に浮きながら、ぶつぶつと呟いているのだ。

 「どうやらこいつは夢だな。俺はきっと夢の世界にいるのだ」
 だが、こいつこそがもっと最も不味い事態だ。
 俺がこんな夢を観たのは、実際に心不全を発症しているからだ。実際に起きている病状が、俺にこんな夢を観させているのだ。
 「ってことは、俺が開けたのは、あの世に通じる扉で、ここはいわゆる『穴』ということだ」
 この世には、あの世に通じやすいところがある。そんなところでは、時々、扉が出来て、この世とあの世が交わることが出来る。
 覗き見をするくらいなら、ほんの少し怖い思いをするだけで済むが、もし扉を押し開けて、穴の中に入ってしまえば、もはや戻れなくなる。体ごと、あちら側の世界に入り込んでしまうのだ。
「不味いよな。何か手立ては無いものか」
 こういう状況では、目の前の老人や青年を追いたてたところで、何の意味も無い。
 俺自身がここから抜け出る必要があるのだ。
 「だが、俺の体はもはや動きが取れない」
 手足を使って扉の外に出ようと思うのだが、その手足が1センチも動かないのだ。
 感覚があるのは、僅かに右足の親指だけだった。
 「なるほど。戸口に指が引っ掛かっているのだな」
 それなら、絶対にその指を外してはならない。そこがこの世と繋がっている最後の引っ掛かりだからだ。
 その指を外したら、扉が完全に閉まってしまう。
 そうしたら、俺はあの世の住人になる。まさに「神隠し」のように、忽然と姿を消すことになってしまう。
 おそらく生身の俺がいるのは、自宅か病院だろうから、ベッドの跡もそのままに消えてしまうわけだ。

 そのまま長い長い時間が過ぎた。俺は半ば意識を失っていたのだが、扉の外から聞こえる話し声で目を覚ました。
 「ここが心霊スポットのひとつで」
 「本当に写るかしら」
 どうやら、霊場を探検に来た若い奴らだな。こりゃ好都合だ。
 早く扉を開けてくれ。
 すぐに扉が開き、男女二人が部屋の中に足を踏み入れる。
 テーブルの老人が顔を上げ、首吊りの青年が声を大きくした。
 若者が連れに言う。
 「ほら、ただの倉庫だよ。誰も居ないし、何も無い」
 すると、その後ろで、さらに声が響く。
 「記念に写真を撮ろう。きちんと証拠を残さないとな」
 もう1人が後ろにいたのだ。
 ここで、男女が振り返る。
 その時、俺の右手が触れる位置に一人の足が届いた。
 俺が外に出るチャンスは、この時だ。
 すかさず、全身全霊を込めて、俺はその足を掴んだ。
 これで、しゅるしゅると夢の中の「俺」の意識が遠くなり、替わりに現実の俺が目覚めた。
 ここで覚醒。

 それで終わりではない。
 目を開くと、俺は家の居間で寝ていた。
 部屋の中は薄暗いが、しっかり様子が分かる。
 窓に目を向けると、そこに黒い影が立っていた。
 「不味い。本当に心不全を起こしていたか」
 心臓が不規則なリズムで太鼓を叩いている。
 どうやら、すぐ近くまで、「お迎え」が来ていたらしい。
 それでも、影のシルエットは女だ。女なら、俺を連れ去る存在ではない。
 「どういう訳か、俺は女の死霊には好かれるからな。俺が望まぬことをやったりはしないだろ。黒いひとなら不味いけど、女ならただ見ていただけだ」
 少しほっとする。
 しかし、1回目は凌いだが、たぶん、この先、2回目3回目が来ると思う。とりあえず、循環器の医師に相談する必要がありそう。

 ところで、たまに人物の写真に、手だけ余分に写ったりするけれど、それはすなわちこういう感じのことだろうと思う。ここ数日中に、倉庫の入り口で、足首を手に掴まれた写真が撮れたなら、それはたぶん当方の手です(笑)。