夢の話 第618夜 駅前怪談
4日に、病院のベッドに横たわっている時に観た夢です。
PCの前に座っていると、唐突に電話が鳴った。
「ちょっと調べて来てくれるか。新松田の駅周辺で張って、写真を撮って来てくれ」
電話の主は、知人の編集者だ。
俺はフリーのライターで、時々、そいつから仕事を貰っているから、無下には断れない。
「何の写真を撮ればいいの?」
「幽霊」
「は?」
「幽霊だよ。その駅のことを知らんのか」
そう言えば、ワイドショーか何かで観たことはある。
「電車が終わった後に、暗くなったホームに誰かが立っていたり、すぐ横の踏切を渡っていた人が途中で消えたいたりする。そんな話だったかな」
「そうそう」
「あそこには霊園が沢山あるから、自然に暗いイメージがついたんじゃないの?」
「3日ばかり張ってくれるか。夜中の2時から5時まで。駅前に車を停めて、1時間ごとに歩いて周囲をひと回りする。そこで、パチパチと写真を撮ってれば、何か写るだろ。ま、出無ければ、煙草の煙をぷっと吐いて、それを撮っとけ。何だっけ、ほら・・・」
「エクトプラズム」
「それそれ。煙を丸く吐き出せるなら、そっちのほうがいいけど」
「それはオーブ。正真正銘の煙の玉かよ」
ま、雑誌なんてそんなもんだ。こいつのところも、今は紙よりウェブマガジンの方に重心を移しているから、余計にフェイク度を増すことになる。
「いいよ。3日契約ね。完成物は画像で良いのか」
「それらしいルポを少し付けてくれ」
「そりゃ別料金」
「オッケイ」
俺は早速、その夜から、新松田駅に出掛けることにした。
武北線の終電は、午前1時47分だから、その少し前くらいに車で駅に行った。
駅の改札は東口だけで、西側はまだ野原のままだ。少し先には霊園が並んでいるから、人家だって少ない。
東口の方には、十数軒の店が並んでいる。いずれも個人商店か大衆食堂で、スーパーみたいな店はない。商店街の裏手の方に簡易ホテル兼食堂があるが、墓参りの人のためのものだから、ごく簡素だ。一見、流行っていなそうだが、この駅は終点だから、終電でここに着くと、どこにも行けなくなる。そんな人のために、ここは深夜も営業しているらしい。
その少し先に、産婦人科の病院があるようで、そこは結構繁盛している。
郊外の駅だから、人目につかぬことを望む客にとっては、良い立地条件になっている。
「おそらく、意に沿わぬ妊娠をした娘たちがここに来るのだろうな」
若い娘たちが次々玄関に入るさまが目に浮かぶ。
駅の北側には踏切があり、そこでは、中年のオヤジの霊が目撃されている。
2時や3時だと、踏切を渡って西口に回る用事は無い。何せ、西口は野原か墓地だ。墓参り以外に、そっちに行く者はない。大体、踏み切り途中からは暗がりで、20胆茲盡えない。しかし、そのオヤジはその暗い踏み切りに入っていく。そして、そのオヤジは、その踏切を渡り切る前に、ふっと姿を消すのだ
改札を出て南に向かうと、ここが「駅前通り」だ。
「駅前通り」と呼ぶには貧相な通りだが、この通りでもいかにも怪しいヤツが目撃されている。
髪の長い若い女が道を歩く。泣きながら歩いているので、不審に思うが、すれ違った後に振り返ると、女の姿は消えている。一本道で、横道は無いから、すれ違った方の男は肝を潰す。
「だが、肝心なのはホームに出るヤツだな」
駅前通りからはフェンス越しに、駅のホームが見える。終電が着いた後、1時間すると駅の灯りが落ちるが、駅前通りに沿って街灯が並んでいるから、うっすらとホ-ムの様子が見える。すると、そのホームに五六人の人が並んでいる。
皆、縁に立って、線路を覗き込んでいるのだが、そいつらが一斉に線路に飛び降りる。
その落ち方が「ザザザッ」と雪崩を起こすようなものだと言うから、如何にも気色悪い。
とどめは警笛だ。ホームに入って来た電車の運転士が、その人たちを見つけ、警笛を鳴らす。その「ビーッ」という鋭い音が聞こえると言う。
「それって、どれが主役なんだろうな。自殺者たちの霊なのか、その警笛の方か」
こいつが出るのは電車が動かなくなった後だ。すなわち、警笛を鳴らす電車そのものが動いていない。警笛自体が有り得ないのだ。
「これから三日の間に、少しずつ出てくれると助かる」
何せ、撮影とリポートが別立てだ。素材が色々あって、かつ筋立てが楽なのが良いに決まっている。
最終電車が到着し、人がばらばらと出て来る。まあ、二十人ほどだ。
これが消えると、駅の周りはひっそりと静まり返る。
1時間ごとに、改札付近から北側の踏み切りを通り、駅の向こう側を迂回して、南から駅前通に入り戻って来る。その途中でパチパチと撮影する。
そんな段取りだ。
午前2時を過ぎると。駅の照明が落ちた。
灯りは街灯だけだが、間隔が離れているから、途中は薄暗い。
俺は車を駅前の車留めに寄せ、道に下り立った。
「さあて、ひと回りするかあ」
カメラを準備する。夜間の撮影だが、こういう時のための機種を持って来てある。
鮮明でない方が雰囲気が出たりするので、フラッシュは使わない。
まずは北側の踏み切りからだ。
道沿いにゆっくり歩いて行くと、踏み切りに男の影が見えた。
「最初からこれかあ」
まあ、違うだろうな。
後ろから近付いてみると、男はそのまま踏み切りを渡り終え、道を進んで行く。
「なるほど。少ないとはいえ、家が何軒かあるわけだ」
残業した後で、一杯飲んで帰ると、これくらいになるのかもしれん。
駅裏の薄暗い通りを南の端まで歩き、もう一度踏み切りを渡る。
すぐに駅前通りに入る。
遠くの方に、簡易ホテルの看板だけが光っている。
すると、駅の改札辺りから、人が出て来るのが見えた。
「見えた」といっても影だけだ。
その人影は街灯の下をゆっくりとこっちに歩いて来る。
「女だな。都市伝説と同じだ」
足元がおぼつかぬようで、ぎくしゃくとした歩き方をしている。
まるで、ホラー映画に出て来る化け物女に似た動きだった。
「いやはや、マジかよ」
俺は大概のことには驚かないのだが、さすがに少し緊張した。
女は30叩■横悪辰閥疉佞。
若い女だ。髪が長く、背中の中ほどくらいまである。前髪で顔が隠れ、年恰好は分からぬが、スカートの丈から見て、たぶん若い。24、25歳くらいか。
俺はカメラを腰の辺りに構えたまま、連写した。
良い構図だから、相手を刺激したくなかったのだ。
女は左に右に揺れながら、俺に近付く。
やはり若い女で、モデルみたいに背が高く、ほっそりしていた。
「こりゃ、動画の方が良さそうだ」
すかさずカメラを動画に切り替える。
すぐに女が手の届く位置に来た。
俺は無難に女をやり過ごそうと、道の片側に体を寄せた。
すると、その女は俺とまさにすれ違おうとした時に、突然、俺の方に向かって来た。
「飛びついて来た」と表現した方が良いかもしれない。
俺は思わず、「ひゃあ」と声を上げた。
女は俺の左肩を掴むと、じっと俺の顔を見詰めた。
目があらぬ方向に飛んでいる。
その女がまるで悪魔か何かのような声で呟いた。
「き、気持ち悪い」
え?コイツ、酔っ払いか。
そう思う間もなく、女は俺に向かって、激しい勢いで嘔吐した。
「げげげげゲエッー」
「おいおい。何しやがるんだよ」
女が道の上に崩れ落ちる。
かたや俺はポロシャツを着ていたが、シャツの前はその女のゲロまみれになってしまった。
「まったく。これじゃあ、このまま車に乗ることだって出来やしない」
周りを見回したが、ゲロを洗い流せるような水道の蛇口なんか、当然見当たるはずも無い。
「おい、あんた。クリーニング代を払って貰うからね」
声を掛けるが、しかし、女からは返事が無い。
女はぐでんぐでんに酔って、道で眠り込んでいた。
「これじゃあ、埒が明かないな。この季節だし、風邪を引いたりはしないだろうが、このまま放置しとくわけにも行かないようだ」
仕方ない。俺だって、このシャツをどうにかしないと帰るに帰れない。
このまま車に乗ったら、ゲロ臭さが車に染み付いてしまうのだ。
俺は女に肩を貸し、簡易ホテルに向かった。
ゲロまみれだし、フロントで断られるかと思ったが、そいつもバイトらしく、ろくに客のことを見なかった。
「ランドリーありますか?」
「1階の外れにあります」
良かった。この手のホテルは、必ず自分で洗濯が出来るようになっている。
この夜は他に客が居なかったようで、他の部屋には灯りが点いていなかった。
部屋に入ると、俺は女をベッドに寝かせた。
「まずは先に俺自身のことだよな」
くるくるとシャツとGパンを脱ぎ、備え付けのガウンを羽織った。
客なんていないから、このまま洗濯機に行ったって、咎める者はいない。
汚れ物を抱えて、部屋を出ようとすると、女の風体が目に入った。
やはりゲロまみれになっている。
「上下コットンのようだし、こいつのも洗ってやるか」
女のところに近付き、声を掛けた。
「おい。洗濯してやるから、シャツとスカートをくれ」
しかし、女は「うう」と呻いただけで返事をしない。
「仕方ない。洗濯のためだからな」
そう断って、女の服を脱がせた。女は無抵抗で、ベッドに転がったままだ。
それから部屋を出て、洗濯機に服を入れた。
「洗濯が2、30分、乾燥が15分か。小一時間だな」
その間にシャワーを浴びて、一息つけば、ちょうど洗濯が終わっている。
「乾いたら、俺はそのまま帰ろう」
この時には、「女から洗濯代を貰おう」とかいう気持ちが失せていた。
「だが、写真は使わせてもらうからな」
駅前通りでは、女の髪が前に垂れて、顔がまったく見えない状態で、ゆらゆら左右に揺れている動画が撮れた。
最高の化け物動画だろ。
ここで俺は部屋に戻って、シャワーを浴びた。
それから販売機で買った缶ビールを少し口にした。
すると、ベッドの女が「ううう」と呻き声を上げた。
「気持ち悪いのか」
「う、うん」
部屋の中で吐かれても困るから、女を助け起こし、トイレに連れていくことにした。
女は便器に顔を寄せて、3度吐き戻した。
たっぷり吐いたから、少し気分が戻ったらしい。
女はそこで、自分が下着姿なのに気が付いた。
「私の服はどこ?」
「今、洗濯している。それが終わったら俺は帰るから、あんたはここでひと眠りしていくといい」
「ああ気持ち悪い」
女は再び便器に顔を寄せ、吐き戻す。
「下着だってゲロ臭いんだから、シャワーを浴びてくれよ。せっかく洗濯した服に、またゲロの匂いが付いてしまう」
それから、俺は洗濯物を取りにランドリーコーナーに行った。
部屋に戻ると、女がベッドに寝ていた。
シャワーを浴びたらしく、ガウン姿になっていたが、やはり相当具合が悪いのか、前がはだけていた。引き締まったお腹と胸の谷間が見えている。
「まったく」
俺はそう呟いて、女の体の上にシーツを掛けた。
すると、その動きを女が勘違いしたらしい。俺がちょっかいを出そうとしていると考えたのだ。
「ダメだからね。絶対に」
もちろん、変な気を起こすなと言う意味だ。
俺はその一瞬前まで、そんな気など塵ほども覚えていなかったのに、そのひと言でむらむらとエッチな気持ちになった。
女の隣に座り、シーツをはだけると、形のよい胸が露になる。
俺はさらにガウンを脱がせ、女の肌に手を添えた。
女は再び「絶対にダメだから」と呟いたが、しかし、抵抗はしなかった。
性行為の後、俺は眠りに落ち、2時間ほど横になっていた。
目が覚めたのは朝の5時だ。
俺が体を起こすと、隣の女も目覚めていた。
「私は絶対にダメって言ったんだからね。きちんと聞いたでしょ」
「ああ。だが君の魅力には勝てなかった」
「じゃあ、私のことを訴えないわよね」
「ああ」
女の手元を見ると、女は右手にスマホを持っていた。
今の会話を録音していたのだ。
「なんで録音してるの」
「証拠が必要なの。そうしないと、あなたが私のことを訴えるかもしれないもの」
普通と展開が逆になっていた。
かたちの上では、「男が酔った女をホテルに連れ込み、セックスした」ことの筈だ。
ほれ、就職の相談に来た女性をさんざ酔わせてセックスした、あのYというジャーナリストと同じだ。
「俺は訴えたりしないよ」
「そうかしら」
女はたった今録音した内容を、どこかに送信したらしい。
それが終わると、俺の方に向き直って、「世にも恐ろしいこと」を言い放った。
「だって、私は性感染症に罹っているんだもの。それで、ここの産婦人科に来たの。もし自分が感染しているのを知っていて、他の人に移したら、殺人罪に問われるかもしれないもの」
俺はその瞬間、クラクラと眩暈を覚えた。
ここで覚醒。
以前住んでいた最寄の駅のこと。
その駅の近くに産婦人科があったのですが、いつも若い女性がたくさん通院していました。
いずれも若くてスタイルのよい女性たち。
郊外の小さな駅には似つかわしくない風情です。
「妊娠した風でもないのに」と思っていたら、その病院は他に先駆けて性感染症の治療を行っているという話でした。
いずれも、ごく普通のお嬢さんたちだったので、「怖いなあ」と思ったことが記憶にあったようです。