日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第619夜 からあげの国

夢の話 第619夜 からあげの国
 9日の午前4時に観た夢です。

 トシを取るのは悲しいことだ。
 若い頃みたいに、ボロいジーンズでも穿こうものなら、とてつもなく貧相に見えてしまう。その反対に、高級なものを身に着けると、今度はやたら趣味が悪く見える。
 ほれ。※ピ※子さんを見れば分かるだろ。外に出る時には、何百万もする服を着るのだが、外側が高そうな分、中身が余計にしぼんで見える。
 「でも、オレはまだ二十六歳だし、平気だよな」
 ダメージがあるのはジーンズだけで、体の方じゃない。
 
 窓から外を眺めていた。
 通りの景色はどこか郊外の商店街のよう。
 「オレはここに住んでいるんだな」
 四階建てのこのビルをオレは丸ごと借りている。
 借り手がまったく無いので、オーナーが「とりあえず時々掃除してくれれば、それでよい」と、ひと部屋分の値段で貸してくれたのだ。
 ボロい建物で、外壁には蔦が生い茂っているが、オレはそこが気に入った。
 ワンフロアが百坪はあるから、借り手は幾らでも見つかりそうなものだが、そこはそれ、やっぱり難点がある。
 ほれ。ビルにつきものの難点と言えば、「出る」ってことだ。
 のべつまくなしに幽霊が出るから、商売にならない。借り手はたちまちいなくなったし、メディアでも紹介されちまったから、ここに来るのは見物人だけだ。
 その点、オレはそういうのが平気だから、ここを借りられる。
 
 とはいえ、扉の陰から突然出られたりすると、オレでもさすがに驚く。
 そこで、オレはフロアの間仕切りを全部取り去って、全体を見渡せるようにした。
 要するにフロアがひとつの部屋と言うこと。
 いつも総てを見渡すことが出来るなら、何が起きてもそれほど驚かなくなる。
 実際、時々、部屋の入り口に影が立つことがあるが、それくらいなら全然平気だ。

 オレが生活の拠点にしているのは、主に2階だ。
 東西南の三方向がガラス窓なのだが、各々の窓の近くに調度類を置いている。
 真ん中は今のところ空きスペースで、ベッドは一番景色のよい窓の近くだ。
 「ベッドが二つあるな」
 ここで、少しずつ思い出す。
 「ああ。オレには彼女がいたっけな。一緒に住んでいるわけだ」
 オレの彼女は2つ下だが、こっちはあの世にはまるで鈍感だから、「別の住人」のことなど気にすることはない。
 「で、名前は何だっけな」
 一緒に暮らしているのに、何故か名前が思い出せない。
 「ははあ。こいつは夢か。オレは夢の中にいるんだな」
 何となく察しがつく。

 その彼女が姿を見せた。
 「クリスマスイブでしょ。友だちを呼んでもいい?」
 うわあ。この人はどこか学校にいた時の知り合いだよな。
 しっかりと顔を記憶している。
 「それで名前が分からないのは、そもそもオレが知らないからだ」
 遠くで見ていた程度の女性なのに、ここでは彼女なのか。
 「別にいいだろ。その人が平気ならね」
 ま、別のフロアでは到底寝られないだろうから、その人にはオレのベッドで寝てもらって、オレは部屋の隅で寝袋だろうな。
 「もう近くまで来ているのよ」
 ふうん。オレが絶対「嫌だ」と言わないと思っていたわけだな。結構、長く付き合っているわけだ。
 何せ、オレはこの夢の世界での記憶をほとんど持たない。
 でも、とりあえず、若くてスタイルのきれいな女の子を彼女にしているわけだし、文句は無い。

 「客が来ることだし、多少は掃除でもするか」
 階段に出て、ひととおり箒で掃く。
 それが終わり、部屋に戻ると、そこにお客がやって来た。
 二人並んで、オレに近付く。
 彼女の友だちがオレに会釈をする。顔を上げると、その人も知った顔だった。
 「あれ。貴女には会ったことがあるぞ。確か・・・」
 中学の同級生だな。
 「貴女はヒロコさんですよね」
 オレは人の名前を覚えられない方だが、この人の名は覚えていた。
 第一、この人の左胸には名札がついているし。
 「分かりましたか」
 うへ。この女子はこういう声だったのか。
 在校時には一度も話をしたことがないから、声が新鮮に響く。
 「どうして名前を覚えていたんだろ」
 どうにも理屈に合わない。

 「じゃあ、何かご馳走の素材を買って来なくちゃな」
 オレは買い物に出ることにして、ビルを後にした。
 通りを左に進むと、古い商店街がある。
 「こういう個人商店が集まった商店街は、だんだん見かけなくなって来たよな」
 入り口にはアーケードがある。
 看板には「からあげの国」と書いてある。
 「クリスマスだし、チキン料理でも良いかな」
 ふらふらと路地に入る。
 路地の道幅は5メートルくらいで、両側に店が並んでいる。
 肉屋とか総菜屋みたいな店構えがほとんどだ。
 前まで行くと、実際に、チキンの燻製が店頭に下がっている。
 「まるで東南アジアにでも来たような景色だ」
 左右のどの店にも、チキンがずらっと下がっているのだ。

 「なるほど。それで『からあげの国』かあ」
 奥のほうまで両側に十数軒ずつ店が並んでいるのだが、その総てがチキンを売る店だった。黄金色に味付けされた鶏が何千羽分も下がっている。
 「若い頃のオレは鶏が苦手で、触るのはもちろん、食うことだって出来なかったよな」
 でも、ここにいる「オレ」は、まだ若いんだけど。
 頭の半分がオヤジジイで、半分がこの世界の若者になっている。
 
 路地を進むと、いよいよ道が狭くなって来る。
 道幅が1メートルちょっと位に狭まり、チキンが顔のすぐ近くで揺れている。
 甘しょっぱい匂いが鼻をくすぐる。
 「鶏が頭に触れそうな近さだよな。でも、あとほんの少しで路地の外に出られる」
 チキンに当たらぬように頭を左右に避けながら、外の明るい光を目指した。 

 『からあげの国』商店街を抜けると、元の通りに出た。
 「さて、家に戻るか」
 街路樹の葉が風に揺れている。
 「クリスマスのはずなのに、新緑の色だよな」
 足を止め、木々を眺める。
 ここで覚醒。

 夢の登場人物とは、ほとんど交流がありませんでした。
 「一応、顔は知っている」という程度で、夢自体、脈絡の無い内容でした。
 目覚めた瞬間に感じたことは、夢の中の「彼女」も「ヒロコさん」も「もうこの世にはいないだろうな」ということです。
 残念ですが、こういう時の直感はよく当たります。