夢の話 第629夜 果し合い
11日の午前5時に観た夢です。
昔、ひとりの侍がいた。仮にこの男を「月之進」という名とする。
月之進はもの静かな男で、さしたる取り得は無い。背は五尺ちょっとと小柄な方で、剣術の腕もそれなりだった。
この男には幼馴染の男がいたが、こっちは「作右衛門」という名だ。作右衛門は体格が優れており、武芸にも秀でている。家柄も良かったので、常に月之進に対し横柄に接した。
後の世で言う「いじめっ子」である。
ある時、その作右衛門が月之進に言った。
「お前の妹はなかなか器量が良い。だから俺の妾にする」
「妻に」という話ならまだしも、「妾に」という申し出だ。
もちろん、そんなことを月之進が受け入れるはずも無い。
気弱な月之進ではあったが、しかし、作右衛門の話をにべもなく断った。
だが、作右衛門は我の強い男だ。己の思うとおりにならぬのが我慢できなかったのか、あろうことか、月之進に果し合いを申し入れた。
己の方が腕が上と見込んでの無理強いだ。「それが嫌なら妹を差し出せ」という意味でもある。
大人しい月之進もさすがに腹を立てた。
「許せぬ」
作右衛門のことが心底から憎らしい。
しかし、この城の殿さまは、家来同士の果し合いを固く禁じていた。
もしその禁令を破ると、家名は断絶で、所払いを命じられてしまう。
作右衛門の方は、思慮の足りない男で、そんなことなど考えもせぬのか、いよいよ決闘を迫って来る。
ついに月之進は腹を括った。
「承知した。だが、このことが人に知れては双方とも放逐されてしまう。このことは秘して語らぬ約束をすることと、人気の無い場所で行うというのなら応じても良い。人に見られては困るからな。七日後に千本木ヶ原ではどうだ」
「よし。それでよい」
七日後の昼に、作右衛門は千本木ヶ原に向かった。
「あんなへなちょこ。切り殺すのは簡単だ。あいつを殺した後で、是非ともあやつの妹を我がものにしてくれよう」
約束の場所は、人気の無い窪地で、作右衛門は潅木を掻き分けてそこに向かった。
ようやくその場所に着いてみると、あろうことか、月之進が大きな檻の中に入っていた。
「おい。どうしたのだ。自らそんな檻の中に入るとはな。さては、俺が恐ろしゅうて、これまでの態度を詫びるつもりなのか」
この時、月之進は腹の内でせせら笑った。
「やはりこの作右衛門は筋金入りの愚か者だ」
月之進は檻の中から作右衛門に声を掛けた。
「剣術の腕では、俺は分が悪い。だから、代役を立てようと思う。ぬしほどの腕の持ち主なら、けして嫌だとは言わんだろ。ぬしはそんな腰抜けではない」
「当たり前だ。誰が相手でも構わん。早くそいつを出せ」
ここで、月之進は顎をしゃくり、己が入った檻の隣の大きな箱を示した。
その箱には全面に布が掛けてあり、なにがあるのかは窺い知れない。
「では行くぞ。ほれ」
月之進が脇の綱を引くと、被い布が取れ、隠されていたものが明らかになった。
これも檻で、その中にいたのは、山犬が六頭だ。
「こいつらが俺の代役だっ」
月之進がもう一本の綱を引くと、隣の檻の摺り上げ戸が上がり、口が開いた。
山犬たちは、その出口から大急ぎで外に出ると、直ちに作右衛門に襲い掛かった。
月之進は作右衛門が食われるさまを眺めながら呟いた。
「三日かけて山犬を集め、それからは餌を与えずに置いた。きさまを餌として与えるためだ。因果応報を思い知るが良いぞ」
月之進はこのことを固く秘していたが、いつしか人の口に上るようになった。
世間では、「こういうこともあるから、無理無体は行うべきではない」と噂した。
ここで覚醒。
目覚めて、最初に考えたことは、「月之進はどうやって家に帰るのだろう」ということです。しかし、その答は簡単で、月之進は毒をまぶした鶏肉を用意していたのでした。