日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎病棟日誌 R061114「コシヒカリの炊き方」

病棟日誌 R061114コシヒカリの炊き方」
 朝、家人を駅まで送って行くと、その途中でポツンと言った。
 「この車の前のご主人はどうしているのかな。新しい車を買ったかな?」
 油断していたせいもあり、頭の中にあることをそのまま言った。
 「四十台の女の人だけど、もう亡くなっている。癌かなんかだな。小さい子どもがいるから、さぞ心残りだったろう」
 車内がきれいだし、手荒い使い方をされてないから、前のオーナーは女性だと家人も分かっていた模様。
 「でも、今は俺たちの家族だ。この車もその女の人も」
 最近のガラス映像には、これまで見たことの無い女性が写る。
 子どもを抱いているが、これはその女性が執着していた相手のイメージで実体ではない。子どものことが心残りだということ。

 当方は幽霊の最大の理解者だから、先方がそれを知ると、わやわやと接触を試みられる。この車に乗る度に、当方は左肩がずしっと重くなり、息も出来ない状態になる。
 そこで「そういうのは止めてくれ。どんなに自分の思いを伝えようとあがいても、生きた人間には言葉で言わなくては分からない。追々、あんたが誰だかを突き止めて、子どもに会いに行ってやるから、俺にのしかかるのは止めてくれ」と言う。
 すると、一瞬で肩の痛みが消える。
 残念なことに、幽霊には理解力が無く、感情だけしか持っていないから、次に乗る時にはまた肩がずしっと重くなる。
 この繰り返し。
 ま、悪意のない者を「追い払う」のは当方の主義ではない。
 対話を試みて、身内になって貰おうと思う。
 当家と一緒に、色んなものを見て、生きていた頃の楽しかった思い出を思い起こせば、無難に先に進める。
 などということを考えたが、もちろん、家人には言わない。
 当方の話を理解出来るのは、準備の出来た者だけで、家人はまだその準備が出来ていない。

 この日の穿刺担当はオヤジ看護師のM。五十歳くらいで、たぶん、バツ1で単身者だ。
 最近、どこかが開発した「痩せ薬」を利用していると言うので、また「止めとけ」と伝えた。薬やサプリの悪影響が出るのは、十年後二十年後で、数年間の副作用チェックでは分からない。
 「若い彼女を捕まえれば、毎日運動するからすぐに痩せるよ。あれはもの凄く効くダイエットだからね」
 で、スイッチが入り、下ネタをバリバリ打ったが、途中で我に返った。
 「朝からスマンね。酒の席でもないのに」
 「大丈夫です。でもうっかりすると女性陣から『セクハラ』だと言われてしまいます」
 そりゃごめんなさい。

 治療途中で、エリカちゃんが来たので、「ベッドの移動」を頼んだ。この病院にはワイファイが無く、スマホなんかが上手く接続できない。テレビは飽きたし、ビデオも壊れた。ようつべを観るためには窓際しかない。
 エリカちゃんは新潟から来た娘だが、マジで良い娘だ。
 田舎育ちの娘は、基本な素直でよい。

 治療の終りもエリカちゃんだったので、少し世間話をした。
 「お祖父ちゃんはまだ米を作ってるの?」
 一人ひとりの個人プロフィールを収拾するのが仕事の一つだったから、一度聞くと、家族構成とか、その各々が何をやっているとかは頭に入っている。職業病だ。
 「今はお父さんが作っています。まだ下手なんですけど」
 定年退職後、父親が祖父母の家の田畑を受け継いで、米作りを始めたらしい。そこは新潟だ。
 だが、米作りは素人で、同じ田圃で、同じような育て方をしているようでも、「全然出来が違う」らしい。
 ここで新潟の娘にスイッチが入る。
 「コシヒカリは※※の特徴があって、炊く時には※※の炊き方をすると美味しいけれど・・・」
 これでササニシキから、近年の品種まで解説が入ったので、当方は付いて行けなかった。

 「明日から新潟周りで東北を回って来ます。三日間の休みなんです」
 エリカちゃんはバリバリのライダーで、千CCのバイクなど3台に乗っている。
 「気を付けてくれよ。この時期は落ち葉が路上に落ちているから、うっかりすると滑る。山道だと石でもやられるよな」
 ここで、「転んだ話」で盛り上がる。
 転ぶ話なら任せとけ。バイクでも女性でも、人生が転倒三昧だわwww。
 ちなみに、エリカちゃんにはダンナがいるが、当人が三日間ツーリングで出かけ、ダンナは「置きっぱ」なのだそうだ。
 筋金入りのライダーだわ。
 処置が終わり、エリカちゃんが去った時に、「俺はこの子が物凄い好きだわ」と思った。もちろん、人間的な話だ。
 エリカちゃんは「いずれ郷里に帰りたい」と言う。
 地面を感じて暮らしたいそうだ。
 「俺は嫌だね。田舎は本州1の寒冷地で、子どもの頃はマイナス20度近かった。今は温暖化でそこまでは行かぬが、マイナス7、8度までにはなるからな」
 そもそも、もう行けぬかもしれん。