◎夢の話 第686夜 降臨
10日の午前2時に観た夢です。
瞼を開くと、俺はどこか道の上に立っていた。
周りには人、人、人の波。
人々は、一様に白いシャツを着ている。
傍を通り掛かった青年に訊いてみた。
「この人たちはどこに行こうとしているのですか?」
すると、青年は快活そうに微笑んだ。
「そこの会館で催しがあるのです。今日は神さまが天から下りて来られますから」
「へ。神さま?」
眼を進行方向に向けると、百メートルくらい先に大きな会館が見える。
会館と言うより、何かイベントをする施設だな。日本武道館に似ている。
俺は人の流れに従って、その施設の中に入った。
「スゴイ。1万人以上の人が集まっている」
神さまが降臨するという話なら、宗教関係の集まりだろうが、一度に1万人を超える集客が出来るのはすごい。
ホールの中央では、予備的な儀式が始まっている。
神官みたいな服装の人たちが何やら、祝詞だかお経だかを唱えていた。
真ん中には祭壇があり、その前でごうごうと火が焚かれている。
「よく許可が取れたよな。こういう施設では火気厳禁が普通なのに」
よく見ると、ゲートのようなものが立っている。
「なるほど。あそこから出て来るのか」
ここで、ようやく頭がきちんと働くようになる。
「でも、霊界に『神さま』みたいな存在はない。強いて言えば、霊界全体がそうで、そうなると人の姿に近いものではない。人格(というか神格)は存在しないんだよな。神には自我が無く、意思も無い」
嫌な予感がする。
「神」を自称したり、「神の使い」を自認する者は、すべて偽者で、霊感なんぞ持ってはいない。
存在しないものを感じるのは、すなわち妄想であったり人を騙すための虚偽に過ぎない。
ま、人は信じたいものを信じるからな。
「自分は神の使い」と信じ込むことで、根拠無く偉くなったような気分に浸れる。
その神の使いを信じることで、その人も「他の人とは違う」という優越感に浸れる。
「もしそこから『神』が本当に出て来るなら、そいつは悪霊だ。しかもこれだけ人を引き付けられるとなると、かなりの大物だ」
悪霊は神さまと違い、霊界ではなく幽界にいる。
すなわち、肉体が滅んでも自我を保ったままの魂だ。
「残念だが、神さまはいないのに、悪霊は実在する」
もしそういうのがこの世に出て来るとすると、さぞやっかいなことになる。
考える間もなく、どよめきが起こった。
まだ儀式が始まってもいないのに、変化があったのだ。
ゲートの中心から、何やらもやもやと霧のようなものが出始めたようだ。
「う。間違いない。そいつは幽界の霧だ。そうなると、この世と幽界が繋がった証拠だから、あそこから本当に出て来るのかも」
こりゃ逃げるに限る。
俺は周囲に悟られないように通路に出て、出口のほうに歩き出した。
幸い、非常出口が傍にあり、扉を開いて階段を下りれば、ここから出られる。
扉を開く前に、振り返ってホールを見た。
「やっぱり」
ゲートから、真っ白い煙の玉が出て来ようとしている。
直径が十メートルを超える巨大な煙玉だ。
「うわあ。もの凄いな。ああいうのに取り込まれたら、生きながら幽界に閉じ込められることになる」
会場全体に歓声が溢れている。
皆が「神さまが下りてきた」と思って、喜んでいるのだ。
「バカな奴らだ。眼が見えず、耳も聞こえない。だからエセ霊能者の言葉を信じる。そもそも、本物の霊感を持つ者が『自分は霊能者だ』と言うわけがないだろ。霊感はコントロールできない性質のものだからな。その存在を実感すればするほど、能力とはまるで違うことを悟る」
ここで歓声が急に悲鳴に変わった。
巨大な煙玉の表面に、何千何万もの顔が浮かび出て来たからだ。
どの顔も苦渋に満ち、口々に怖ろしい言葉を吐いていた。
恨み言や断末魔の叫び声のような類だ。
「助けてくれ」
「苦しい」
「俺じゃない」
「お母さあん」
聞くもおぞましい。
すぐさま人々がその場から逃れようと、出口目指して走り出した。
この先はパニックで、大勢が押し潰されて死ぬ。
逃げ遅れたものは悪霊に取り込まれて、幽界の住人になる。
ま、自ら望んだことなのだから、ケツは自分で拭かねばならない。
「危機一髪だったな」
俺はそこで扉から離れ、階段を駆け下りた。
ここで覚醒。