◎夢の話 第698夜 訪問先で
17日の午前1時に観た夢です。
面接調査のために、ある家を訪れた。
S県のC地方にあるその家は、築百年を越す古い民家で老夫婦が2人で住んでいた。
訪れたのが既に夕方だったから、すぐに暗くなって来た。
「遅くなったし、ご飯でも一緒にどうですか?」
老人が夕食を誘って来た。
俺は後輩と顔を見合わせて、1、2秒ほど考えたが、すぐに返事をした。
「そうですか。ではご馳走にならせて頂きます」
ここは関東だし、主人の言葉がまるで反対の意味、すなわち「もう帰ってくれ」だということはないだろう。
別の地域に行くと違うんだな、これが。
それが厚意なら、断るのは失礼に当たる。
老夫婦は両方とも80歳台で、山の中に2人だけで住んでいた。
程なく、老婦人がお盆を運んで来た。
「山家ですから、何もありませんが」
お椀の中には「ほうとう」のような「うどん」のような汁が入っていた。
「ああ。これはおっきりこみですね」
これはこの辺からY県かN県までの名物料理で、うどんに似ているが、実は「ひっつみ」もしくは「すいとん」の流れを汲む食べ物だった(確か)。
「美味そうですね」と後輩が俺に言う。
「本当だな。戴こうか」
椀を持ち上げた時に、何気なく窓の外を見ると、外には黒い霧が渦巻いていた。
「おいおい。何だありゃ」
尋常ではない渦の巻き方だ。
ここで俺の頭に直感が走る。
「こいつは不味いぞ。ここは普通の場所じゃない」
前に座る老夫婦の顔を見ると、妙に無表情で薄気味悪い。
そこで俺はすぐに隣の後輩を制止した。
「その食い物を食うんじゃないぞ。食えばここから出られなくなる。この爺さん婆さんは生身の人間じゃないもの」
俺の見る前で、老夫婦が黒い影のように固まった。
そこで、慌てて隣を向くと、俺の後輩も同じように黒く固まっていた。
「ありゃ。お前も人間じゃなかったのか」
となると、ここにいる者で人間は一人だけ。
「となると、これは夢だな。俺は夢の中にいる」
夢を観ている時は、体が休んでおり、身体機能が生命を維持する最低レベルに落ちている。頭だって、大半が休んでいるわけだから、限りなく幽界に近い存在だ。
このため、その機を利用して、幽界の住人が寄り付いて来るのだ。
「もちろん、相手にするのは霊感の勝った者だけなんだがな」
ま、こういうのに乗り込んで来られても、霊感が強いだけに、打ち払う術を知っている。
「ここは夢の中なんだし、頭は働かないよな。じゃあ、とりあえず九字でしのごう」
九字は魔除けの真言だが、言葉そのものにさしたる意味も力もない。
念を込める手段として用いられるだけだ。
九字を唱え、各々の意味が明確に頭に浮かぶようになれば、徐々に覚醒に向かう。
目覚めれば、理性が勝るようになるから、幽霊が取り付く隙間が無くなってしまう。
2百回ほど念じているうちに、次第に周囲の状況が見えて来た。
俺はやはり居間の床で眠っていたようだ。
最近はカーペットヒーターを点けているから、昨夜もテレビを観ているうちに眠り込んでいたらしい。
ここで「ガチャガチャ」と玄関の扉が開く音が響いた。
「不味い。今度は別のヤツだ」
たぶん、今は真夜中で、玄関の扉がノックされる時間帯になっている。
「今年からは、もはやノックだけじゃなく、中に入って来るようになっているからな。こりゃ、夢よりもっと悪い事態だ」
廊下に足音が響き、居間のほうに誰かが来る。
ここでようやく完全に目が覚めたので、俺は体を少し起こして身構えた。
扉を叩く音どころか、今は目視したりするので、それを迎える覚悟を決めたのだ。
すぐに居間のドアが開くと、長女が中に入って来た。
「おい。こんな時間にどうしたんだよ」
時計を見ると、今はちょうど真夜中の1時過ぎだった。
「今日は飲み会があったから、家のほうに帰ることにしたの」
そっかあ。それなら、幽霊の出る悪夢よりも何百倍かはいいや。
だが、相変わらず、「眠ると悪夢を観る」のには変わりない。
「たまには休息をくれ」とも思うが、体が休んでいる時に心は無防備な状態にあるから、これは致し方ない。