◎夢の話 第768夜 海辺の町
25日の午前3時に観た夢です。
「田舎に帰ろう」と思い、バイクに跨った。
俺の田舎は550キロ先だから、結構しんどいが、なあに疲れたら公園ででも眠ればよい。寝袋はいつも携帯している。
いっそのこと各地を見物しながら帰ろうと決め、一般道を行くことにした。
すなわち、千葉茨城から宮城の沿岸を走るルートだ。
すぐに出発し、百キロほど走ったが、やはりそこで疲れてしまった。
「さすがに二十台の時とは違うな」
休憩所を見つけ、そこに入った。
コーヒーを飲んでいると、不意に背中に声を掛けられた。
「おい、E。何でこんなところにいるんだよ?」
振り返ると、旧友のMが立っていた。
「いや。田舎までバイクに乗って行こうと思ってさ」
「すげーな。元気あるんだな」
元気があるって言われても、俺はまだ三十を過ぎたばかりだから、これくらいは平気だろ。
「Mはどうしてここに?」
「ちょっと来てみたんだよ」
そう言えば、ここは景色がいいので有名な海岸だったな。
Mは俺のことをじっと見ていたが、徐に申し出た。
「ねえ、E。俺のことも乗せてくれね?急に俺も田舎に帰りたくなった」
「え。バイクだから疲れるよ。それにここには何で来たんだよ」
「電車」
「独りで?」
「うん。俺も操縦は出来るから、交替で運転すれば疲労は半分で済む」
ま、俺のバイクは千だから、二人で乗ってもあまり変わらない。
「ああ、いいよ。途中で、どこか温泉にでも泊ろう」
ヘルメットはいつもひとつ後ろに付けていたから、Mにはそれをつけて貰った。
最初に俺が150キロほど走り、その後でMに替わった。
夕方になり、ある港町に着いた。
幹線道路から外れた、ごく小さい漁港だった。
「ここはどこ?」
「もうそろそろ暗くなる。飯でも食おうと思ってさ。ここには、なかなか良い店がある。面白い親仁がいて、美味い肴を食わせてくれる」
「ふうん」
市場の近くに行くと、周囲は真っ暗だったが、数軒だけ店が開いていた。
赤い提灯が目に鮮やかに映る。
波音が「パシャ。パシャ」と響く中、店の前に立った。
「この時間帯は市場は休んでいる。この店にどんな客が来るんだろう」
「ま、色々だよ。俺らみたいなの」
旅人ってこと?そんな馬鹿な。
暗くなってから、こういう漁港に下りてくる者は少ない。
引き戸を開くと、しかし、中は客で満杯だった。
「スゲーな。どこから来たんだろ。車は停まってないし、この近くには駅もないのに」
「そりゃ、誰でも一度はここに来るからな」
何のことか分らないが、とりあえず中に入った。
Mは店主らしき親仁と挨拶を交わすと、奥の席に向かった。
「泊るとこもあるってさ。民宿宿。空きがあるかどうか訊いてくれるって。ここの親仁の親戚らしい」
「そりゃ助かるね。そこに泊めて貰おう」
海沿いだから温泉は沸かないが、ゆっくり休めればそれで十分だ。
「とりあえず何か見繕って貰うよ」
Mは何やら親仁に注文し、親仁がそれに応える。
「あいよ」
その時、俺は店の中を見回していたが、離れた席に知った顔を見つけた。
「あれ。あれは」
「何?誰かいるの?」とMが訊く。
「あれは高校の同級生だったよな。別のクラスの女子だ」
でも、一年くらい前に亡くなったんじゃあ?
別の席を見ると、ここにも見た顔があった。死んでる筈だけど。
「何か変だな。どうも違和感がある」
ここの景色と言い、顔ぶれと言い、どこかで見たことのあるものばかり。
「うーん」
「え。どしたの?」
「いや。何でもない」
俺は入り口の方に目をやる。
扉が少し開いていたが、外の提灯が潮風に揺れているのが見えた。
ここに酒と肴が運ばれて来る。
日本酒と海草のサラダ、それと金目鯛の煮付けだった。
Mは「なかなか行けるよ」と言いつつ、酒を口にする。
この時、俺の頭に直感が閃いた。俺はこれがあるから、これまで生きて来られたのだ。
「M。すまんが、俺はここでは飲み食い出来ねえや」
「え。どうして?」
俺はMに答える。
「俺が思うに、ここはあの世の入り口だもの。ここで飲んだり食ったりすると、もはや元の人生には戻れなくなる。俺にはもう少しやりたいことがあるんだよ」
Mは少し驚いた表情で、俺のことをじっと見詰めている。
ここで覚醒。
海のようだが、これが「三途の川」というものだった。
総てが想念から生まれたものだが、当方がいた場所はあの世のごく近く。
問題は「内容」ではなく「状況」にある。
厳しい心臓の不調のせいで、すぐに目を覚ました。