◎夢の話 第978夜 母の店
私は例外なく、目覚める直前の夢を記憶している。そのうち、示唆やストーリー性のあるものを記録している。
これは二十九日の午前三時に観た夢だ。
我に返ると、俺は車の運転席にいた。
郷里に戻ったのだ。
車を降りると、目の前に大き目の地域スーパーがあった。
「これは父の店ではないな。どこだろう」
すると、店の横の出口から母が出て来た。
「戻ったのっか?」
「ああ。お袋の様子を見に来た」
立って歩いているところを見ると、割合元気なんだな。
俺が訊く前に、母の方が説明を始めた。
「ここは私の店だよ」
なるほど。母は六十台の頃に、自分のコンビニを閉めた。その時に「次は絶対に成功してやる」と言っていたが、ついに店を開いたのか。
しかも、父の経営する地域スーパーよりもかなり大きい。
大手と遜色のない規模だ。
「お袋の店なら、俺も手伝わねばならんね」
母は答えず、笑っていた。
「長く運転して来たんだから、ひとまず休めばいいよ。でも、その前に私の畑を見に行ってくれねか」
母の畑は、ここから一キロほど離れた山の奥にある。
木々に囲まれた森の中に三十㍍四方の平地があり、母はそこで果物や花を育てていたのだ。
「ああ、良いよ。俺も桃が食べたいし」
桃とプラムの木があったよな。
ここで俺は気付く。
「でも、あの畑は俺の夢の中の話だよな。現実には、畑は田舎の家の近くにある。広さは合っているが、山の中じゃない」
あれれ。これは夢なのか?
だが、現実感がハンパない。手を伸ばせば、母に届きそう。
ひとまず畑に向かったが、仕事が忙しく手入れが出来なかったらしい。
畑は荒れており、果物も少なかった。
もう一度、店に戻ると、母がやはり外で待っていた。
「この店は初めてだろ。案内するから」
母が先に立って歩き始めるが、やはり少しよろけている。
後から「調子が良いわけではないんだな」と声を掛けると、「ちょっとね。でも大丈夫」と母が答えた。
俺の方も、まともに歩けぬくらい調子が悪い。
ほんの少し下を向いて考え事をしたのだが、顔を上げると、母の姿が消えていた。
「ありゃ。一体どこに?」
店の横に回ると、母が二㍍くらいの高さの台に上り、体を前に傾けていた。
思わず母に声を掛ける。
「そこでそんな姿勢を取ったら、落ちてしまうかもしれんよ」
支えてあげんとな。
すると、母はすぐに俺のことを制止した。
「いいんだよ。これは天体望遠鏡だから」
母が手を掛けていたのは、何かの装置で、空に向かって大きな筒が伸びていた。
でも、母の力では長く体を支えられんよな。
「俺が支えてやらないと」
手を出そうとすると、脇の方から声が響いた。
それまで気付かなかったが、誰か男のような影が近くに立っていたのだ。
「お母さんの言う通り。大丈夫だから」
しかし、母が落ちそうになるのを黙って見てられんから、俺は両手を差し出した。
母はすぐ目の前にいる。
ここで覚醒。
目覚めてすぐに気付いたのは、これが「私の創り出した夢の世界ではない」ということだ。
母の願望から出来ているから、もしや母の世界なのか。
空気が冷たく、「あの世」の状況にすこぶる似ている。
目覚めた時には、体がすっかり冷えていた。
右横に立っていたのは、紛れもなくアモンだった。
私の弱みが「母」で、「母を助けるためには、あの世界に留まることも辞さぬ」ことをコイツは知っていた。
あるいはそれを確かめるために、この夢を観せたか。
夢の途中で「これは自分の夢ではない」ことに気付いていたが、もし母に請われれば、そのままあの世界に留まったと思う。
母には今生での大きな借りがある。