『北奥三国物語 鬼灯の城』 早坂昇龍
其の十一 鬼灯の章 (要約) ※盛岡タイムス紙にて合戦中。
福田館では人が慌ただしく動き回っている。このところ、盗賊の捕り物があり、その後の家士の変死がありと、出来事が重なったためだ。
福田紫十郎は館主の福田治部と息子の掃部(かもん)に呼ばれ、奥の院に入った。
当主の治部は紫十郎に対し、福田左内を釜沢に送り、内偵をさせることを命じた。
この調べの目的は、毘沙門党の女盗賊と結託し、福田兵を殺めたのが、釜沢の手の者なのかを確かめるところにあった。
紫十郎はすぐさま手配をすることを約束する。
この頃、祈祷所では、杜鵑女がおように対し降霊術を施していた。
既に雪路はおようの体に降り、おようを支配していた。
杜鵑女はその雪路に対し、雪路が既に死んでいること、死んだのは毒殺によるもので、桔梗が重清の妻の座を狙って犯行に及んだことなどを吹き込んだ。
雪路はそれを信じ、桔梗への敵愾心を燃やすようになった。
巳之助は杜鵑女に命じられるままに、夜毎、おようと交わっていたが、杜鵑女の狙いが、おようの体に雪路を釘付けにすることだと悟り落胆する。
四戸城では城主・四戸宗春の葬儀が終わろうとしていた。
昨年来、宗春は繰り返し釜沢を攻めさせたのだが、その野心が実ることは無く、総て敗退した。
その結果、己の領地が半減し、家来たちの多くが去り、釜沢淡州に仕えるようになってしまった。
宗春の跡を継ぐことになったのは、長子の孫四郎(宗元)である。
孫四郎は齢三十八歳。長子故、この春の釜沢との合戦には加わらなかった。
家臣を前に、孫四郎は「九戸政実に従う」という決意を露にしたが、叔父の金次郎や息子の忠吉がそれを諫める。
翻意せぬ孫四郎の姿を見て、金次郎は忠吉に向かい、「いざとなれば一族を守ることを考えよ」と諭した。
はっきりと言葉には出さぬが、金次郎の示唆は、「場合によっては、父親を倒してでも家を守れ。それは裏切りではない」という意味であった
それから数日後のこと。
小保内三太郎の許に、小保内兵衛がやって来た。三太郎は荒れ地の開拓に従事していたのだが、わざわざそこに兵衛が出向いて来たのだ。
兵衛は林彦三郎という客人を連れている。
林は「釜沢の治水工事を学びに来た」と称したが、実は林彦三郎とは仮の名で、この男の本名は福田紫十郎だった。
紫十郎は福田掃部の命を受け、釜沢の内情を知るために送られた者だったのだ。
当初は福田佐内という者を送る筈であったが、事の重要さを鑑みて、紫十郎が自ら赴くことにしたのだ。
開墾地の作業小屋で、三人は酒を酌み交わすが、三太郎が口を滑らせ、福田の侍を倒したことを紫十郎に話してしまった。
釜沢館では、夜な夜な雪路(およう)が徘徊するようになっていた。
小野寺源治は、夜の廊下を歩くおようがこの世の者とは思われぬ表情をしているのを目にする。
釜沢に夏が訪れ、杜鵑女が北館の脇に作った薬草畑に酸漿(ぬかずき)の白い花が咲いた。
杜鵑女がその花を眺めていると、館主の重清がやって来た。
重清は桔梗のために、西麓下の薬種商人の許を訪れ、薬を手に入れて欲しいと頼む。
翌日、杜鵑女が薬師の許を訪れると、女主人の様子が生き別れになった姉に似ている。
過去の話を確かめると、疑いなくその女主人は、杜鵑女の姉の藤乃だった。
姉妹は手を取り合って再会を喜ぶ。
その次の日。小野寺源治が祈祷所を訪れる。
巳之助が不要意に漏らした「酸漿」という言葉で、源治は杜鵑女の企みに気付いた。
源治は確証を得るべく、さらに杜鵑女の周辺を調べることにした。
日一日と桔梗の体が弱って行く。
杜鵑女の進言に従い、桔梗の処方が変えられようとしているのを知り、源治は重清に「祈祷師を信じるな」と警告する。
その直後、源治が本館を出ると、侍女のおようが近付いて来た。
源治はおようを伴って裏門の外に出て、話を聞くことにした。
そこでおようは本性を現す。
おようの体は雪路の怨霊に則られていたのだ。
復讐心に燃える雪路は、源治が桔梗と結託して己を亡き者にしたと思い込み、源治の首に縄を掛け、裏門の上に吊り下げた。
重清は源治の屍を調べるが、死に方がどうにも解せない。そこで杜鵑女を呼び、検分させた。
杜鵑女は源治の死因が「悪霊の祟り」であると告げる。
そして、その悪霊は雪路が変じたものだと断言した。
本館では、各所に雪路の怨霊が現れる。
ついには桔梗の前で姿を現し、「必ずお前を取り殺す」と告げた。
釜沢館に福田の軍勢が迫る。
福田治部、掃部親子は釜沢攻めを決断し、周辺の地侍を誘い、一大軍勢を仕立てていた。北彦助、種市中務ら、主だった者は三戸の南部家に与する者たちだった。
釜沢がすぐさま対応できるのは、せいぜい数百である。
重清は三太郎に命じ、百騎を偵察に向かわせる。
重清が合戦の仕度に向かおうとすると、杜鵑女が酸漿畑を示し、「雪の降る頃に酸漿の赤い実が顔を出さぬ限り、お屋形さまが破れることは無い」と激励した。
重清は杜鵑女の言を受け入れ、合戦の後、杜鵑女を呪い師としてではなく、女子として扱うことにした。
杜鵑女は重清から館主に次ぐ決定権を与えられる。
ついに杜鵑女は桔梗の上に立ち、重清と釜沢を我が物にしようとしていたのだ。
己の目的に向かって一歩前進したことを知り、杜鵑女は巳之助に命じ、桔梗の許に酸漿根を運ばせることにした。
(この章終わり)