日刊早坂ノボル新聞

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◎古貨幣迷宮事件簿 「がらくたの中に福がある」

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ブック入り雑銭60枚セットのうち半分

◎古貨幣迷宮事件簿 「がらくたの中に福がある」

 部屋の整理くらいしかやれることが無いので、少しずつ片付けている。

 すると、このブックが出て来た。

 一時、毎月のように様々な地方に出掛けては、ご当地の古泉会に出ていたことがある。出張が多かったので、そのついでということだが、その時にお土産として盆回しに出した品だ。

 半分は画像の品で、もう半分は寛永銭の小役だから、いわゆる「がらくた」だ。

 だが、地方には既にコイン店が消えているし、そうそうウブ銭が出て来るはずもない。下値五千円で出せば、誰かが応札するだろう。

 事実上、「お土産」だ。

 だが、驚いたことに手を挙げる者がいない。誰かが買って、好きなものを分ければ暇潰しになるわけだが、収集家はそういう発想を持たぬことが多いようだ。

 

 もちろん、幾つか「勉強になる品」「ちょっと面白い品」を混ぜ込んである。

 改めて点検してみた。

1)密鋳銭 寛永当四俯永手

 目視では、本座銭(明和や文政)と違いが少ないように見えるのだが、撮影すると色が違う。配合が変わっているからで、輪側や面背の仕上げ処理が異なるから、疑いなく密鋳銭になる。

 ②のゴザスレは地金と仕上げ方法の同じ正字や小字などが存在しており、一系統があるようだ。南部地方なのだが、どこで誰が作ったのかは判然としない。

 ③の「永」「寶」字は小字で、「通」字が俯永のものに近い。小字が変化したようだ。

 

2)改造母

 輪側に強いテ-パー、穿に刀が入っており、鉄銭製造のための改造を施したものだ。

 指で触ると、輪側が直角に立っているので、すぐにそれと分かる。

 鉄銭専用の改造母は、「通用銭には仕上げをしない」ルールに則って、予め、輪と穿の両方をぎりぎりまで削り、抜けを良くする。

 銅銭密造の場合は、穿に金属の棹を通し、輪側を整えるので、穿は仕上げてある一方、輪側は蒲鉾型のままで済む。この部分は通用銭を削る。

 谷を鋳浚ったりと、全体を丁寧に加工してあるケースは、概ね銅銭用のものだ。

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3)絵銭

 題目や念仏、七福神などの意匠は、絵銭としては最もポピュラーな部類だ。

 「沢山あるし、変化が無くつまらない」と思う人が多いのだが、よく見ると、まるで違う。

 仙台は幕末頃の七福神信仰の一大拠点で、鋳銭にも通じていたから、仙台領の七福神錢はもの凄く多い。この辺はさすが仙台藩は大藩だ。

 製造直後には、白い金色で販売された時も白かったと思うが、そういう地金は後に黒く変じる。図案が規格化されており、黒い七福神銭は、仙台銭が中心となる。

 ところが、七福神信仰は全国に及んでいたので、南部領でも仙台銭の写しが作られたり、新規に母銭を彫ったりして作られている。

 この辺の地域性を観察出来れば、さぞ楽しかろうと思うが、さすがに手が回らない。

 規格から少しでもずれると、存在数が激減するから、バリエーションを集めることに困難が生じる。普通サイズに比べ、中型銭の少なさと来たら、本当に困ったものだ。

 

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4)新作絵銭

 新作絵銭としたのは、主に昭和以降の作品になる。

 時々、出来が良い品もあり、絵銭として評価できる品もある。

 盛岡銅山銭や吉田の牛引きは、色付けが上手で、ネットで面背だけ見ればトラブルの種になりうるので、漆で見栄えを悪くしてある。

 この辺は製造法の研究目的で入手した品だ。

 穀代通用は、割と古い出来で昭和戦前の作かも知れぬ。三番手か四番手だろうが、絵銭として味が出て来そう。

 虎銭は中国人収集家がネットに出しているので、状況を調べるために買ってみた。

 「これは偽物だが、引き取ります」と伝え、それ以後、交流が生じたが、そういうルートで、「大陸で日本の古銭を作っている」ことが判明した。

 合金寛永が布石の時期で、次が地金の調達。そして試作段階に入ったのが、地方貨の参考品だろうと思う。これには日本人も協力しており、双方の地で同時に作っているかもしれぬ。グラインダを使っているうちは輪側の観察だけで簡単に判別できたが、いずれそのことに気付けば、それと分かりにくい品が出来るだろうと思う。

 ターゲットのひとつが皇朝銭で、和同などは本銭がロクロを使っているから逆に真似しやすい。青錆をそれらしく付ける技術は昔からある。

 今時、出土銭などどこからも出ていないし、出ればすぐにニュ-スが伝わる。

 中国の収集家は、日本に偽物を持参し、日本で本物を買って帰る。

 この辺をもっと調べるために、別の知人に依頼して、中国に金型と「一枚の銀銭」を注文してみたことがあるが、これはこれまで幾度も記した通りだ。

 実際に作ってみると分かるが、古銭の鑑定にはまずは「地金」で、次が「鋳造方法」になる。その時代には存在しない技術が使われているなら、どんなにもっともらしい品でも後の作品だ。

 

5)出来星の類

 砂から型を抜く際に、何らかの要因で砂笵に傷が出来、製品にその痕が残ったものになる。概ね「偶然の産物」なのだが、中には故意にそう仕向けたような品もある。

 要因としては「錯笵」の類で、星が出来ていればその星は「出来星」になる。

 26は意図的に面背に傷をつけた可能性があるし、30は明らかに故意によるものだ。

 「厄落とし」のような意図があったのだろうか。

 内郭と平行に、かつ郭の幅と同じ長さになっているので、偶然には出来ない性質のものと言える。

 30は将来的に「化ける」可能性がある。

 この調子で60枚五千円。買ってみようと思う人がいなかったのが不思議だ。

 

 30の「二枚目」が出たら、とりあえず五千円の買値を付けようと思っていたが、やはり出て来ない。仮に偶然の産物でも、確率的には天文学的な水準だから当たり前だと思う。