日刊早坂ノボル新聞

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◎石屋の息子の話

石屋の息子の話

 まだ目がイマイチなので、キーを打つ作業が信頼できない。イライラするので、配慮の不要なSNSに「ブラインドタッチで見直し無し」で書き殴る。

 

 子どもの頃、近所に石屋の同級生がいた。名が「カマイシ」君だから、石屋にはちょうど良い名前だ。

 夏休みに遊びに行くと、大体、そいつは機械で墓石を切る手伝いをしていた。

 墓石を切る作業が割と面白いので、よく脇でそれを見た。

 仕事が終わると、カマイシ君と遊んだが、彼の家には古銭や古札がさらざらあった。

 明治の国立銀行券みたいな希少札も何枚もあった。

 状態が良ければ15万から30万くらいするヤツだ。

 ま、状態はそれほど良くなかったが、一般家庭には無い品だから、あるだけスゴい。

 「何でこういうのが家にあるのか?」と訊くと、「客に貰った」との返事だった。

 墓地を改修し、新しい墓石を設置するのだが、その際に、かつての先祖の副葬品が出るのだそうだ。三途の川の渡し賃の類なのだが、それが金持ちの家になると、高額紙幣やら古金銀になったりする。

 当主に「こういうのが出ました」と報告すると、家の人は、案外あっさりとそれをくれるとのことだった。

 仏と一緒に入っていたものだから、気色悪いと言えば気色悪いが、しかし百年経っているから、それほど抵抗はない。

 もはや副葬品だ。

 縁起的にも悪くないと聞いたことがある。

 

 ある時、「お前んちにどれくらいこんなのがあるのか?」と訊いてみると、「じゃあ、探してみるべ」ということになり、一緒に納戸やらを覗いてみた。

 木箱に入った古銭や紙幣が二つくらいあったと思う。量は思ったより多くなかった。

 ひと段落ついたところで、台所と常居の間の段差のへりに座ると、何となく直感が閃いた。

 私はこの辺、妙に直感が働く方だ。

 

 「この畳の下にお金があるような気がするなあ」

 カマイシ君にそう言うと、「じゃあ、覗いてみるべ」。

 段差の端から畳を少し持ち上げると、板間と畳との間に一万円札が押し込んであった。

 「スゲー。本当にある」

 カマイシ君はそれを仕舞ったが、後で父親に報告したらしい。

 後日、小学校で、そのお金は父親のへそくりだった、と伝えに来た。

 その結果、「何を見付けるか分からないヤツ」という評価となり、カマイシ君の家に出入り禁止になった(w)。

 

 今でも時々思い出すが、「鍛冶屋」「鎌足」は割ときれいな状態だった。もう一段上のがあったと思うが、そっちはさすがにボロボロだった。

 分金銀から穴銭は寛永銭から北宋銭まであったから、少なくとも江戸の初期には墓地だったところを改修したようだ。