◎俄かには信じられぬ話 「小さいお坊さん」
これはもうウン十年前のこと。
タイのバンコクの目抜き通りのひとつで「シロム通り」という道を歩いていると、何やら人だかりがしいていた。
この通りは歩道が広く、五メートルくらいの幅があるのだが、そこの一角に数百人が集まり、何かを見ている。
「何だろう」と思い、人だかりをかき分けて前に行くと、人垣の前には「小さいお坊さん」がいた。
タイの僧侶の着る黄色い袈裟を着たお坊さんで少年らしい風貌だが、何せ小さい。
道の上に座っていたが、立ち上がっても大人の膝丈より少し大きい程度。
リカちゃん人形をひと回り大きくしたようなサイズしかない。
「ああ、小人症というやつなんだな」と思ったが、サーカスや小人プロレスで見る小柄なひとよりはるかに小さいし、体の均整が取れている。
十六歳くらいのやせ形の少年をそのまま小さくしたような風貌だった。
つくづく「こういう人は現実にいるんだな」と感動した。
普段抱えている常識を現実ははるかに超えている。
「小さいお坊さん」の前には托鉢僧が使う鉢が置いてあったが、その鉢にはお金が堆く積み上げられていった。
通行人がこのお坊さんを見て、お布施を置いて行くわけだ。
見物している間にも次々とお金が置かれ、鉢から零れ落ちるくらいの山になった。
すると、「小さいお坊さん」は後ろにある巾着袋(背嚢)
を取り出し、鉢のお金をその袋に移した。
当時の1バーツ貨幣は今の日本尾五百円玉に近いサイズだったが、小さいい手がそれを持つと掌一杯なので、ポワンとした何とも言えぬ妙な気持になった。
リカちゃんサイズの人がお金という俗物的なものを袋に入れていたからだ。
今思い出しても、どこか信じられぬ思いを覚える。
だが現実に存在していた。
その時はたまたまカメラを持っていなかったので撮影出来なかったが、もし持っていたとしても撮影はすべきではなかったと思う。
この小さいひとは僧侶で、無暗に撮影することは不敬にあたる。実際、誰一人として写真撮影をしている者はいなかった。