日刊早坂ノボル新聞

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◎病棟日誌 悲喜交々8/22 「慰められてしまう件」「社会正義サーフィン」の二本立て

病棟日誌 悲喜交々8/22 「慰められてしまう件」「社会正義サーフィン」の二本立て

 火曜は通院日。この日は眼科の検診もあり、終日病院に居る。

 最初に眼科に行き、椅子に座っていたが、もの凄く混んでいた。予約番号は一番だったが、受付に入ったのが九時数分過ぎで、結局七番目くらい。

 点眼をされて待っていると、看護師さんがまっすぐに私の前にやって来た。

 「名前を呼ばれてもいないし、この看護師さんは初対面なのに何故俺のことが分かるのか」

 そう訝しんだが、よく考えると、左腕には二か所に絆創膏が貼ってあった。何百回も注射しているから痕が盛り上がり見苦しいので、普段も肌色の絆創膏をしている。これは腎不全患者のものだから、看護師さんはそれで判断出来たのだった。

 アラ四十くらいの看護師さんは、小ざっぱりした外見と心根のよう。気さくに話し掛けてくれた。

 「今は何年目ですか?」

 「六年です」

 「この病院の前は?」

 「いえ、心臓病の後にこうなってからはここが最初です」

 すると、この看護師さんはこう言った。

 「それは少し早かったですね。大変でしょうが頑張ってください」

 ええええ。慰めてくれてるのかい。

 この言葉の意味は「行きつくところまでいって、お気の毒」ってことだ。

 腎不全患者は動脈硬化が飛躍的に進むから、眼から出血するし、下肢の血行が悪くなる。脳出血することも増える。

 行く末は、足を切断し、その数か月後には亡くなる。現実的には五年生存も難しい。
 三十番目に病棟に入ったが、既にNO3まで繰り上がったし、その後に入って来た百人以上が病棟とこの世から去った。

 

 初対面の看護師さんに優しく慰められたことで、逆に酷く落ち込んだ。

 これなら、馬鹿にされたり、けなされたりする方がよっぽどましだ。

 反発し、「舐められてなるものか」と奮起するし、オマケにその相手にちょっとしたおまじないを放つことまでできる。平常な時なら他人に呪いをかけることなど考えぬが、こういう時には思いきり行ける。

 慰められたら、もはや「自分を憐れむ」ことしか出来んじゃないか。あーあ、がっくりだわ。

 でもま、ほんの少し、その看護師さんに「萌ええ」っとした。

 

 この日は午前八時台に病院に入り、終わりはほぼ午後四時くらいになる。

 その間、じっとしていなくてはならないから、退屈する。

 テレビもビデオもゲームも既に飽きた。

 頼みの綱は「ようつべ」なのだが、ここ数日は、「韓国DJ事件」のものがやたら多い。

 

 あーあ、皆が仕掛けに引っ掛かってら。

 あのDJがやっていることは「社会正義サーフィン」で、詐欺師やヤクザ者が使う手法だ。

 万人が万人とも認めざるを得ない真・善・美に関わるテーゼは、単発で言えば誰も否定できぬのだが、中には矛盾するものもある。

 「命は尊いもの」「人を殺してはならない」

 「国を守るためには戦う必要がある」

 これらは誰も否定できないし、誰もが肯定する。

 だが、現実には戦争という事態がある。

 国を守るために戦地に行き、殺したり殺されたりしている。

 おいおい。国を守るためにはひとを殺してもいいのか?

 この矛盾を突くと、色んな解釈が出来る。要は「テーゼには文脈(状況)がある」ということだ。

 

 元の話に戻ると、しくみはこんな具合だ。

 詐欺師やゴロツキが利用するのは、「前提としての社会正義」だ。

 「個人の表現は自由である」

 「女性は貶められてはならない」

 これらが絶対的なテーゼで、いざとなったらそこに隠れることを予め想定してある。それなら必ず自分は正義の側に立てるからだ。 

 ところが、物事には前後の文脈が必ずある。

 

 以下は例え話。

その1)目の前の食事

 集まりがあり、人が沢山いる会場に行った。

 テーブルに座ると、よさげな食べ物が運ばれて来て、目の前に置かれた。自分のすぐ直前だから、手を付けても良いのか迷うが、「食べて良い」とも「食べてはならない」とも言われない。

 時間が経過して、議論が白熱した時に、ついうっかり目の前の食事に手を付けた。

 すると、主催者が飛んで来てこう言った。

 「あなたはその料理に手を付けましたね。誰が食べていいと言いましたか。勝手に人のものを食べたのだから、あなたは泥棒です」

 

その2)魚釣り

 釣り師が海辺に行き、針に餌を付け、魚群の中に投じた。

 魚の群れは、我知らず泳いでいたが、目の前に格好の餌が現れたので、衝動的に食いついた。

 すると、魚は釣り師によって釣り上げられた。

 そこで釣り師が言った。

 「目の前に餌があるからと言って、食べられるとは限らないんだよ。俺がこれをただくれてやるとでも思ったか。食べて良いものとダメなものの判断がつかないから釣られる。総てはお前の誤った判断による」

 その1)では「無暗に他人のものを食べてはならない」が正義だ。

 その2)は少し設定が複雑だが、「行為の責任は自分で負うべき」その他、が混じっている。ちょっと角度を替えただけで構図が単純ではなくなるという例だ。

 これらの底にある根本的なテーゼ自体は誰が見ても変わらない。

 状況に配慮しなければ、常に正しい。

 だが、言葉や行動には現れぬが、状況や背景には「意図」がある。

 

 その1)では「料理をあえてその人の目の前に出す」という行為だ。通常、これは「もてなし」の一環として行われる。

 それをあえてその人のすぐ前に出すことには、「コイツがそう思い込んで食うだろう」という思惑が必ずある。なければ傍には置かない。

 その2)は分かりやすくて、最初から釣り師は魚を釣り上げるつもりで、針に餌を付けて、群れの中に放っている。

 このことと、「半裸の格好をして、酒に酔ってダンスをしている若者の間に突入する」ことと、どこが違うのか?

 最初から「触られるかもしれぬ」ことは織り込み済みで、その餌には針が付いていた。

 もし同じような状況で、同じ振る舞いをしたなら、どこでも似たようなことが起きる。「他の国ではなかった」と本人は言うが、他の国ではガードマンが付いていたのに、この講演ではなかった。よって、この話は虚偽だ。

 治安の悪い国なら、挑発的な演出をすれば、犯されたり殺されたりするかもしれん。

 そんな国ではもちろん、挑発的なことはしない。

 この人の行動の一貫した流れは、「そこが日本だった」ことによる。

 

 「何故日本にだけ起きたのか?」ということの答えは簡単だ。

 その理由は前述の通り、「そこが日本だから」で、「日本は様々な意味で利用できるから」という明白な理由がある。発展途上国で騒いでも、間違いなくうやむやになる。

 日本なら、正義を主張すれば、そのまま受け取るアホが沢山いる。 

 何せ自分は社会正義を盾に取っているから、皆が必ず正しいと判断してくれる。そう思わねばならない。この女性はそう思っている。

 

 フェミニストの最大の敵はこういう女性の振る舞いだと思う。

 女性の権利を守ることではなく、女性であることを利用し、利得を得ようとしている。これは逆に女性を貶めることになる。

 とりあえず、日本では知る人が殆どいなかった自分自身に対し耳目を集めることには成功した。しかし、次に再び日本に呼ばれる可能性は少ない。 

 ま、外国系の企業が画策することはあるかもしれぬが、それには「針が仕掛けてある」ことを周知させるべきだ。最初から算段づくということ。

 

 「社会正義サーフィン」に騙されている知識人が多いが、正しい反応はこれ。

 「許可なく女性の体に触れてはならない」。こんなのは当たり前の話だ。

 痴漢行為と同じだから刑法に触れる。ま、本人が半裸で群衆の中に入っているから、常識のある検察なら「不起訴」にする。

 で、この女性がしているのは悪辣な「釣り師」的行為だ。

 たぶん、それを本人も自覚していないだろうから、余計に始末が悪い。 

 「酒に酔った群衆の前で公演するなら、突発的に何が生じるか分からぬから、距離を保つ」ことさえ実行すれば、何ひとつ問題が起きなかった。で、常識があり、魂胆を持たぬ者は必ず間にガードマンを立たせる。

 

 ちなみに、「やり方がおかしいだろ」と指摘すると、「正義(女性の権利)に反対した」ように論点をすり替えられるから要注意だ。ここが第二の罠になっている。

 誰もが認める社会正義なら、あえて言及する必要はない。

 

追記)触られることを望まぬ女性の胸を触ったなら、その若者は軽犯罪法に問われる。

 次からは公演を見に行く時には、よくよく心した方が良い。

 だが、今回の「犯人」は安心しろ。刑法犯にはならない。こんなのは「注意、不起訴」で留めねば司法は異常だ。ここは日本で、あの国ではないから、国民感情は関係ない。裸で出て来たのを衝動的に触ったという範囲なら、お互い様の要素もある。

 これで罰則を適用されるなら、今後はどんな罠を張っても良くなる。

 むしろ、挑発的な振る舞いをすることで餌が巻かれており、注意喚起もされなければ、ガードマンもいなかった、という主催者の落ち度がある。さらには、この状況のビデオを断りなくネットで公開し、当事者の顔をされしているから、「個人の権利が損なわれた」ことで、このDJと主催者を訴えると良い。

 これは体に触った件とは話が別だ。

 法定費用はクラウドファウンディングで求めれば、簡単に集まる。

 こういう手口を前例にさせてはならないから、皆が応援する。

 

追記2)総てを突き合わせて、相殺すると、浮かび上がるのは、イベント主催会社の警備の不手際だ。過去の実績から、DJが観客席に入るのは承知していた筈で、にもかかわらずガードマンを配置するなどの措置を取っていなかった。

 これは、DJ本人や触ってしまった若者よりも、主催会社の責による部分が大きい。