◎病棟日誌 悲喜交々2/13 「生と死を見詰めて」
看護師のタマちゃんが、向かいのベッドの高齢者(七十台前半)に、「大動脈に瘤が出来ているから、検査の日程を入れたいですが」と相談していた。この辺、総ての患者の病状が周囲に筒抜けだ。
すると、そのジーサンは「俺はもういいよ。検査もしなくてよいから」と答えていた。
その気持ちは痛いくらいよく分かる。このジーサンは基礎体力があるのか、腎不全患者にしては長くもっている。私のご近所の人なので、そもそも良く知っているが、長く町内会の役員を務めていた。気が張っているからボケてもいないし、しっかりしている。
だが、病歴が長くなると、治療そのものがかなりキツくなって来る。受療が生活の一部どころか、人生そのものに化けて来るので、いい加減飽きて来るのだ。
私ももはやその域で、循環器の治療はもうしない。
多臓器不全の場合は、苦痛が先に立つので気が変わりそうだが、心臓は長く苦しむこともない。
回診の際に、医師と看護師の会話で隣の患者の消息が分かった。
隣のアラ七十のジーサンが突然消えたのだが、循環器専門の病院に入院したそうだ。治療中に胸痛を発症し、救急搬送で転院しあとのこと。このジーサンも大動脈瘤で、数ミリサイズの瘤があった。
確か3ミリサイズだったと思うが、それくらいだと手術のリスクが大きいから(不確か)、治療しない患者も多い。
動脈瘤は1ミリ程度までなら、外科治療の成功確率が高いが、大きくなると手術によって死ぬリスクが跳ねあがる。
破裂がいつ起きるかは「天のみぞ知る」だが、手術がそれを早める場合がある。私は心臓に持病があるが、入院中に隣近所の患者で動脈瘤の外科治療を受けた人を見てきたが、手術室から戻って来た人はこれまでいない。ま、7ミリとか瘤が大きかった人が殆どだ。
それなら、血圧を低めに抑える暮らしをして、瘤と仲良くするのも選択のひとつではある。一部の癌と同じ扱いだ。
転院してしまうと、先方の病院は前の病院にその患者の状況を連絡してはくれぬので、その後どうなったかは「知らない」らしい。家族には伝えるが、「前の病院」まではさすがに煩雑だ。
治療中に救急搬送されて、再び戻って来たのはガラモンさんだけだが、この人は心筋梗塞で心臓を止めるバイパス手術を受けた。
果たして隣のジーサンが戻って来られるかどうか。
治療後に私が更衣室の長椅子から立てなくなっている時に、その患者は「私はそれほどキツくない」と言っていたが、追い越されそうだ。
病状は「心の持ちよう」と関係があり、やはり「いつも気が張っており、周囲に配慮も出来る」ような患者は、なかなかしぶとい。
その意味でも、「挨拶は『こんにちは』から三つの会話をする」を実行している。
「こんにちは」から天気の話をするとそこで終わるので、何かを相手の中に見つけ、そこから三つのやり取りをする。
もちろん毎回ではなく、無駄話が出来そうなタイミングで、だがこの壁を超えると「知り合い」の域に入る。
病院の中を歩いていると、お掃除の小父さんや事務のねえちゃんまで、全員が足を止めて挨拶をして来るようになった。
「足を止めて」というのがポイントだが、この日はこれが多かったので、発見するところがあった。
「他人が自分にしてくれる・くらないではなく、自分が先にすることが大切だ」
「してあげる」だと見返りが視野に入るが、そうではなく、ただ「先にする」ということ。
明日を知れぬ身になったら、明日のことなど考えなくなるので、これが自然と身に着く。
その反面、調子が悪い時に、いちいち足を止めて言葉を交わすのはしんどい時がある。
基本があまり「他人とは関わりたくない」スタンスだし、煩わしい面もある。
ベッドにチョコが置いてあったが、14日は通院日ではないので前日に置いたらしい。
ユキコさんかと思ったが、この日はユキコさんは休みだ。
まさか昨日の夕方から置いてあるわけでもあるまいし。
ユキコさんの場合は義理チョコの域を超える重いヤツのことが多いので、違う人らしい。ユキコさんは「山の子」繋がりで、まるで幼馴染のような対応になっている。
オバサン患者の病状がしんどくなって来て、昨年あたりはチョコが殆ど無くなっていたが、今年は誰なのか。たぶんガラモンさんあたり。
こちらは「心停止」繋がりだ(笑えない)。
チョコを貰った時には、家のテーブルの真ん中に置き、皆で食べることになっているので今年もそうした。
バレンタインは義理チョコなど不要で、「気のおけぬ相手から一個だけ貰えばよい」と思う。奥さん以外で(W)。
あまり高いのと、手作りは止めて。