夕食の後、気づかぬうちに寝入っていました。
これはその時に見た短い夢です。
目を開くと、私は椅子に座っていました。
どこか海の見える場所で、家の前に木造のテラスがこしらえてあります。
そのテラスの中央にテーブルがあり、そのテーブルの上に両手を置いて座っていたのです。
「ねえ君」
声のした左側を向くと、60歳くらいの男の人が、私と同じように座っていました。
髪はすっかり白髪ですが、精悍な表情をしています。
「君がここで暮らすようになってから、もう三月だな」
「はい」
ここで、私は自分の境遇を思い出しました。
私はこの家の前の砂浜に流れ着き、この家の主人に助けてもらったのです。
なぜここに漂着したのかは憶えていません。
それまでの記憶をすっかり失くしていたのです。
「ここは悪くないだろ」
悪くないどころか、理想的な暮らしです。
穏やかな気候の中で、毎日、釣りをしたり、散歩したりするのが日課なのですから。
パタパタという音に、山の手のほうを向くと、若い女性が洗濯物を干しているところでした。
あれは隣に座る主人の娘です。
その娘は、薄いワンピースを着ていたので、体の線が見えていました。
今風のがりがりのモデル体型ではなく、全体的に線がやわらかで、腰のくびれもなだらかです。
(お尻とか、さぞきれいだろうな。)
しかし、3か月の間、この家で暮らしていますが、その娘にはまだ会ったことがありません。
かなりの恥ずかしがり屋だという話ですが、それだけではない秘密があるようです。
「君がもし良かったら」
主人が話を続けます。
「ずっとここにいてもらってもいいんだよ」
この海岸の上のほうには、広大な果樹園が広がっており、この主人はその果樹園全部の持ち主です。
仕事と言えは、時々その果樹園を見回るくらいで、後は海を眺めて暮らしているのです。
(もう少し若かったら、ここは退屈に思えるかもしれないが、きっとオレはもう30台の後半だろうし、このままここでずっと暮らすのも悪くないかも。)
「もちろん、娘と連れ合いになって欲しい、という意味なんだが・・・」
言葉に釣られ、もう一度その娘のほうを向くと、その娘は先ほどと同じように、こちらに背中を向け、洗濯物を干しています。
栗色の長い髪が潮風になびき、背中が少しだけ見えます。
小さなほくろ1つ見つけられそうにない、真っ白な肌です。
「でも、君が昔のことを思い出したら、きっと帰りたいと言うことだろう」
すぐさま「そんなことはないです」と答えたいのですが、餌を与えられた犬のような振る舞いのような気がして、じっと黙っています。
「それに、娘は大きな問題を抱えているから、ちょっと無理な相談だったかもしれんね」
「問題ですか?何かお困りのことでも?」
私自身のことより、あの娘のことのほうが気にかかります。
「娘が君の前に現れないのは、出ることができないからなんだよ。それを知れば、きっと君もここを去って行くことだろう」
「一体どういうことなんですか?」
私の頭の中では、色んな想像が湧きあがって来ています。ああ見えてもその娘には重い病気がある、とか、昔は素行がかなり悪かった、とかです。
主人はひと呼吸置いて、話を続けます。
「私の娘はね。体の半分が魚なんだよ」
え?
体の半分が魚。それって、人魚ってこと?
あまりに突拍子のないことなので、声が出ません。
しかし、先ほどから眺めている後ろ姿は、完全に人間のもので、完璧に近い美女です。
ここで、頭の中では別の想像が湧いてきました。
「半分が魚」の意味には、ふた通りあります。
上が人間で下半身が魚だと、これは人魚。言葉の順番の通りです。
しかし、その逆の配置だと、すなわち下が人間で上が魚だと、これは「半魚人」です。
あの見事な体のラインの上に、魚の頭が付いていたりして・・・。
(鯛ならともかく、鯉じゃあ嫌だよな。泥臭くて。)
その場の状況にそぐわない変な想像をしてしまいました。
顔を上げると、主人が私の内心の気持ちをはかるように、じっと私の顔を覗き込んでいます。
ここで覚醒。
文字には落としませんでしたが、遠くから娘の後ろ姿を眺めた時に、少なからずエッチな想像をしましたので、半魚人のイメージを抱いた時にはショックでした。
この夢にいったいどういう意味があるのか、まったく想像できません。