今日は体調がイマイチで、終日寝たり起きたりでした。
昼にうつらうつらしていた時に見た夢です。
深夜、自室で原稿を書いている。
家族はみな寝静まっており、邪魔が入らないので、夜から朝にかけてが仕事の時間だ。
唐突に階段下にある電話が1度だけチリンとなった。
昔なら「ワン切り」で、「誰から来たのか」と折り返すと、必ず有料電話に繋がったものだ。
しかし、今は番号表示指定にしており、相手が番号を隠そうとすると繋がらない。
よって、相手がもしそういう意図の電話を掛けてくれば、その電話番号を警察に通報できる。
従って、昔流行った「ワン切り」詐欺電話は、今ではほとんど来なくなった。
「ははん。またオバケ電話か」
となると、今の時間は午前2時25分くらいだな。
この時間になると、決まって玄関のドアノブがガチャガチャ音を立てたり、電話が鳴る。
起きているのは私だけなので、すなわち、私に何か伝えたいことがあるのだろう。
もちろん、そういった音には、他の家族も気づいている。
「強盗じゃあ物騒だから、監視カメラを2、3台付けようか」
私はかつて、家族にそう提案したことがある。
しかし、家族の方は「幽霊が映ったら嫌だから、それはやめて」と全員が反対した。
そんなことを考えていると、今度は玄関のドアを叩く音が響いた。
トン、トトン、トン。
不規則な叩き方だが、はっきりと聞こえる。
「この時間に一体何だろう?」
深夜だし、訪問客とも考えにくい。
急な用事なら、夜中でもきちんとチャイムを鳴らすはずだ。
しかし、この近くの道では頻繁に交通事故が起きることを思い出した。
(怪我した人が助けを求めて、ドアまで這ってきたんじゃあ?)
家の玄関先で人が倒れたので、妻が救急車を呼んだことが実際にある。
取り急ぎ玄関に下り、ドアを開いた。
強盗対策は入念にしており、家の各所に武器を隠してある。スタンガンや催涙スプレーだけでなく、家人しか分からないところに日本刀まで備えている。
昔、泥棒に大金を取られ、長い間苦しめられたので、機会があれば仕返しをするつもりなのだ。
簡単に言えば、大喜びで「ぶった切る」ということ。
私は「振り込め詐欺」が来るのを待ち望んでもいる。
「はい。すぐ行きます」という「騙されたふり」の練習さえしているのだ。
もちろん、指定の場所には日本刀を携えて行く。
ドアの向こうに立っていたのは、十代の男の子だった。
「こんな夜中にどうしたの?」
男の子は私の顔をじっと見ている。
「何かあったのかい。大丈夫か」
これに男の子が答える。
「おじさん。僕の心臓を返して」
「え?」
「おじさんの心臓は僕のでしょ。返してくれないと僕は死んでしまう。だから早く返して」
私は心底驚いた。
半年前に、確かに私は心臓の移殖手術を受けた。ドナーのことは知らされていないが、高校生くらいの年恰好の若者だったとだけ聞いている。
その時には、心臓だけでなく、右側の腎臓も同時に移植されたのだ。
「何を言ってるの?私は確かに臓器の移殖手術を受けたけれど、それはもちろん、生きている人からじゃない。脳死状態になった方から頂いたんだよ」
「でも、僕は生きている。おじさんを探すのに何カ月もかかったんだから、もう時間がないんだ。早く僕に心臓を返してください」
「そんなことを言われても、今、私の胸にある心臓を取られたら、私のほうが死んでしまう」
若者はここで大きく首を振った。
「でも、元々は僕のだ。僕がこうやって生きている以上、その心臓を使う権利は僕にある」
深夜に訪れた見知らぬ若者に突然、「心臓を返せ」と言われたので、気が動転し、相手の話の流れに乗っかってしまった
ここは冷静に行かないと。
「ちょっと待ってね。君の心臓が私に移殖されたのなら、君には心臓が無いはずだろ。なら、君が生きていられるはずがない。すなわち、君はもう死んでいるか、あるいはウソツキのどちらかということだ」
すると、若者はシャツの前のボタンを外し、襟を開いた。
驚いたことに、若者の胸には、ぽっかりと暗い穴が開いていた。
「うひゃあ」
思わず、2歩後ずさりする。
「まだ間に合うのです。僕の心臓を元に入れ直せば、僕はまた人間に戻れる。入れ直さないと、僕はこのままゾンビになってしまうのです。だから、早く僕の心臓を返せ!」
こりゃあ、ひどい展開だ。
気を取り直して、若者に対抗する。
「君はもうゾンビだよ。生きた人間は心臓が動きを止めれば数分で死ぬ。その意味では、とっくの昔に君は死んでいるのだ。死んでいる者に心臓を渡しても、死人がもう1人増えるだけだろ。だからもう諦めてくれ」
「僕は死んでない。こうやってここに来られたじゃないか」
若者がどうしても納得しないので、私はひとつの決断をした。
「よしわかった。これから救急車を呼んで、病院で診てもらおう。もし、君には生き返る可能性があると医師が言うのなら、そこで改めて相談しよう。今、電話を掛けるから、そこで待っていてくれたまえ」
若者にそう伝えると、私はひとまず玄関のドアを閉めた。
そこで「ガチャ」と鍵を掛けた。
居間に戻り、電話を掛ける。
もちろん、掛ける相手は、若者に伝えた通りの119番と警察だ。
心臓を失っても生きていられるなら、やはり病院で調べてもらう必要があるし、ゾンビなら警察の持ち分だろう。
「しかし、今頃になり心臓を返せと言われてもなあ・・・」
玄関の外では、家の中の妙な気配に気づいたのか、若者が再び声を上げ始めていた。
「おじさん。僕の心臓を返して」
トン。トトン。トントン。
若者がドアを叩き続ける音が、この家じゅうに響いている。
ここで覚醒。
「トン。トトン。トン」と不規則に鳴っていたのは、私の心臓でした。
このところ、毎日目覚めが近くなる頃合いで、不整脈が起きています。
心臓が刻む不規則なリズムのせいで、目が醒めるようになっているのです。
それが夢の中では、ドアを叩くノックの音に変じたのでしょう。
夢の中の若者は、きっと私自身の分身で、私自身が「健康な心臓を返してくれ」と願っているのです。