日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第236夜 僕の心臓を返して

今日は体調がイマイチで、終日寝たり起きたりでした。
昼にうつらうつらしていた時に見た夢です。

深夜、自室で原稿を書いている。
家族はみな寝静まっており、邪魔が入らないので、夜から朝にかけてが仕事の時間だ。

唐突に階段下にある電話が1度だけチリンとなった。
昔なら「ワン切り」で、「誰から来たのか」と折り返すと、必ず有料電話に繋がったものだ。
しかし、今は番号表示指定にしており、相手が番号を隠そうとすると繋がらない。
よって、相手がもしそういう意図の電話を掛けてくれば、その電話番号を警察に通報できる。
従って、昔流行った「ワン切り」詐欺電話は、今ではほとんど来なくなった。

「ははん。またオバケ電話か」
となると、今の時間は午前2時25分くらいだな。
この時間になると、決まって玄関のドアノブがガチャガチャ音を立てたり、電話が鳴る。
起きているのは私だけなので、すなわち、私に何か伝えたいことがあるのだろう。
もちろん、そういった音には、他の家族も気づいている。
「強盗じゃあ物騒だから、監視カメラを2、3台付けようか」
私はかつて、家族にそう提案したことがある。
しかし、家族の方は「幽霊が映ったら嫌だから、それはやめて」と全員が反対した。

そんなことを考えていると、今度は玄関のドアを叩く音が響いた。
トン、トトン、トン。
不規則な叩き方だが、はっきりと聞こえる。
「この時間に一体何だろう?」
深夜だし、訪問客とも考えにくい。
急な用事なら、夜中でもきちんとチャイムを鳴らすはずだ。
しかし、この近くの道では頻繁に交通事故が起きることを思い出した。
(怪我した人が助けを求めて、ドアまで這ってきたんじゃあ?)
家の玄関先で人が倒れたので、妻が救急車を呼んだことが実際にある。

取り急ぎ玄関に下り、ドアを開いた。
強盗対策は入念にしており、家の各所に武器を隠してある。スタンガンや催涙スプレーだけでなく、家人しか分からないところに日本刀まで備えている。
昔、泥棒に大金を取られ、長い間苦しめられたので、機会があれば仕返しをするつもりなのだ。
簡単に言えば、大喜びで「ぶった切る」ということ。
私は「振り込め詐欺」が来るのを待ち望んでもいる。
「はい。すぐ行きます」という「騙されたふり」の練習さえしているのだ。
もちろん、指定の場所には日本刀を携えて行く。

ドアの向こうに立っていたのは、十代の男の子だった。
「こんな夜中にどうしたの?」
男の子は私の顔をじっと見ている。
「何かあったのかい。大丈夫か」
これに男の子が答える。
「おじさん。僕の心臓を返して」
「え?」
「おじさんの心臓は僕のでしょ。返してくれないと僕は死んでしまう。だから早く返して」

私は心底驚いた。
半年前に、確かに私は心臓の移殖手術を受けた。ドナーのことは知らされていないが、高校生くらいの年恰好の若者だったとだけ聞いている。
その時には、心臓だけでなく、右側の腎臓も同時に移植されたのだ。
「何を言ってるの?私は確かに臓器の移殖手術を受けたけれど、それはもちろん、生きている人からじゃない。脳死状態になった方から頂いたんだよ」
「でも、僕は生きている。おじさんを探すのに何カ月もかかったんだから、もう時間がないんだ。早く僕に心臓を返してください」
「そんなことを言われても、今、私の胸にある心臓を取られたら、私のほうが死んでしまう」
若者はここで大きく首を振った。
「でも、元々は僕のだ。僕がこうやって生きている以上、その心臓を使う権利は僕にある」

深夜に訪れた見知らぬ若者に突然、「心臓を返せ」と言われたので、気が動転し、相手の話の流れに乗っかってしまった
ここは冷静に行かないと。
「ちょっと待ってね。君の心臓が私に移殖されたのなら、君には心臓が無いはずだろ。なら、君が生きていられるはずがない。すなわち、君はもう死んでいるか、あるいはウソツキのどちらかということだ」
すると、若者はシャツの前のボタンを外し、襟を開いた。
驚いたことに、若者の胸には、ぽっかりと暗い穴が開いていた。

「うひゃあ」
思わず、2歩後ずさりする。
「まだ間に合うのです。僕の心臓を元に入れ直せば、僕はまた人間に戻れる。入れ直さないと、僕はこのままゾンビになってしまうのです。だから、早く僕の心臓を返せ!」
こりゃあ、ひどい展開だ。
気を取り直して、若者に対抗する。
「君はもうゾンビだよ。生きた人間は心臓が動きを止めれば数分で死ぬ。その意味では、とっくの昔に君は死んでいるのだ。死んでいる者に心臓を渡しても、死人がもう1人増えるだけだろ。だからもう諦めてくれ」
「僕は死んでない。こうやってここに来られたじゃないか」
若者がどうしても納得しないので、私はひとつの決断をした。
「よしわかった。これから救急車を呼んで、病院で診てもらおう。もし、君には生き返る可能性があると医師が言うのなら、そこで改めて相談しよう。今、電話を掛けるから、そこで待っていてくれたまえ」
若者にそう伝えると、私はひとまず玄関のドアを閉めた。
そこで「ガチャ」と鍵を掛けた。

居間に戻り、電話を掛ける。
もちろん、掛ける相手は、若者に伝えた通りの119番と警察だ。
心臓を失っても生きていられるなら、やはり病院で調べてもらう必要があるし、ゾンビなら警察の持ち分だろう。
「しかし、今頃になり心臓を返せと言われてもなあ・・・」

玄関の外では、家の中の妙な気配に気づいたのか、若者が再び声を上げ始めていた。
「おじさん。僕の心臓を返して」
トン。トトン。トントン。
若者がドアを叩き続ける音が、この家じゅうに響いている。

ここで覚醒。

「トン。トトン。トン」と不規則に鳴っていたのは、私の心臓でした。
このところ、毎日目覚めが近くなる頃合いで、不整脈が起きています。
心臓が刻む不規則なリズムのせいで、目が醒めるようになっているのです。
それが夢の中では、ドアを叩くノックの音に変じたのでしょう。
夢の中の若者は、きっと私自身の分身で、私自身が「健康な心臓を返してくれ」と願っているのです。