◎ 夢の話 第455夜 時間の渦
6日の夕方、仮眠を取った時に観た夢です。
我に返ると、アパートの一室に座っていた。
「オレは誰だっけ」
年齢は28歳で、名前はケンジとかケンイチとかいう感じだな。
まだ頭がぼんやりしていて、はっきり思い出せない。
唐突にノックの音が響いた。
「はあい」
返事をしてドアに向かう。
ドアを開くと、30台後半くらいの男が立っていた。
「こんにちは。早速だが、君は何をする人?」
他人ん家のドアを叩いて、「あんた誰」とは不躾なヤツだ。
「何のご用件ですか」
男が申し訳なさそうに首を振る。
「ごめん。ゆっくり説明してる暇がないんだ。あと17分しかないから」
「17分?」
「それも今は説明できない。後で話すよ。まずは、君 のことからだ。君は何をする人なの?」
「大学院生ですが」
「何学部?」
「工学部です」
男の目がきらっと輝く。
「おお良かった。ようやく使えそうなのに当たったか。よし。これから君にバイトを頼みたい。私と一緒に来てくれ」
「え。昨日は徹夜だったので、僕はこれから寝ようとしてるところですけど」
「時給6万でどう」
「行きます」
オレはジャージ姿だったので、着替えようとしたが、男がそれを遮った。
「そのままで良いよ。残りはあと14分だし」
そこで、オレはサンダルを引っかけて、外に出た。
歩きながら男が詳しい話を始める。
「君は時間移動のことを考えたことがあるかい」
「ほとんどありません。理論的にも応用的にも今の下顎の延長戦上では不可能なことですから」
「おお、よく分かってるね。それなら話が早い」
この人の誘うバイトって、時間移動が何か関係あるんだろうか。
解せないな。
「私は時間移動に成功した」
「え?」
驚いてオレは男の顔を見た。
もしかして、この男は頭がちょっと・・・。
「君はジョン・タイターって知ってる?」
「はい。未来人として現代に現れたと言う、作り話です」
「現在とは繋がらない話を残したから、君がそう言うのも無理はない。私もそう思った。ところが、あの男の話には大きなヒントがあったんだよ」
「ヒント?」
「我々の感覚では、時間は大きな流れのようなもので、どこかからどこかに一方向に流れている。多元宇宙論では、そういう流れが複数、あるいは無限に存在していると考える」
「はい」
「その考え方では、時間移動はどうやっても不可能だ。例えば、過去に戻るというのは流れ全体を元に戻すことだから、宇宙を作り直した方が早いくらいのエネルギーを必要とする。覆水は盆には返らない」
「アインシュタインの説では光の速さがひとつの鍵でしたが、光速に近い速度で移動しなくてはならない。これは物理的に不可能です」
「そう。流れを変えることは出来ない。でも、どんな流れにも渦は出来る」
「渦って、あの川面でくるくると回ってるヤツですか」
「その通り。水の流れが変わるわけでは無いが、同じ場所に近いところをくるくると回る」
「まさか、それを利用して」
ここで男がオレにウインクする。
「私は時間の流れに、19分53秒の渦を作ることに成功したんだよ」
「本当ですか?」
「これから向かう場所は私の研究室だ。そこには私の開発した装置がある。そのユニットの中に入れば、正確には2つの局の間に立てば、だが、そうすると、同じ過去の時間をもう一度体験出来る。ただし、過去に戻っているわけじゃない。時間自体は同じ方向に流れている訳だから、ほんの一瞬だけ過去の時間に乗っかることが出来るんだ」
「時間移動ではないのですか」
「時の流れは概ね変えられない。ただその上でくるくると回るだけだ。流れを変えずに、元の時間を通り過ぎるだけ」
「何とも分かりにくい話です」
「自分はくるくる回っているが、他のものにはほとんど影響しない。世界を逆回転させているわけでは無いんだ。すなわち、過去に戻る度に位置が替わるので、回りの見え方が違う。その都度変化はするが、渦が収まれば再び安定する」
「そうすると、回っているのは本人だけということですね」
「そう。時間移動する本人は回っている間の記憶を保ち、齢も取る。流れに影響を与えることはほとんど無いんだけどね」
でも、それなら、これからオレが参加するバイトって何なのか。
「先生。じゃあ、オレは何をすればいいんですか」
男が頷く。
「そこが重要なところだ。今から8分後に私は時空機を作動させる。その直前に、政府の工作員が現れて『総ての情報を寄こせ』と言う。ただの時間の渦であっても、軍事利用の道が限りないからね。私が断ると、そのスパイが拳銃で私を撃つんだ」
「え。撃たれるんですか」
「銃弾は私に到達していない。おそらく、胸の50造らい手前のところで、時空機が作動したんだな。気が付いたら19分53秒前のところからやり直しだ」
「じゃあ、その約20分を何度も経験してるんですか」
「そう。何か打たれずに済む方法はないかと画策してる。しかし、やはり僅かな時間だから、気が付けば前の前に工作員がいる」
「止めることは出来ないのですか」
「機械の作動のこと。駄目だね。時間の流れそのものは変えられないし、安全・確実な方法が見つかるまで、再作動しとく方が無難だろ。一度止めると、その後はやり直しが利かないもの」
「でも、時間の渦が渦である限り、いずれ何時かは消えてしまいます」
「だから、今は銃弾が私に届かないようにしてくれるパートナーを探している」
なるほど。オレがそのパートナーってことだ。
「君はまず1度、私とその工作員の状態をよく観察してくれ。私はA極とS極の間にいる。君もその中に入れば、これからは同じ渦の中に入れる。そこで次の19分53秒で打開策を立てるんだ」
なるほど。2極の間にいれば、記憶も保たれる。
我々は建物の中に入り、研究室に直行した。
先生が機械にスイッチを入れると、ドアの前に別の男が現れた。
こいつが工作員だ。
先生が時空機にスイッチを入れた。
我に返ると、オレは研究室の中にいた。
「先生。オレは武器が趣味なんです。あの男はベレッタの25口径で撃ってます。たぶん、弾はホローポイント弾ですね」
「工作員ではなくて警察関係者なのか」
「たぶん、先生の技術を盗んで売ろうと思っているのです」
そんな奴なら、やっつけても平気だな。
「先生。人材を探し始めてから、オレは何人目ですか」
「16人だね」
「じゃあ、これで終わりです。オレは工学部の大学院生ですが、素材を研究しています」
「そうなのか」
「まずは防護盾を用意しましょう」
「防護盾?」
「あの男の弾を弾き返すためです」
「鉄なんかはここには無い」
「ダイニーマ、すなわちポリエチレンで大丈夫です。高圧加工すればひとまず銃弾は入らない」
「科圧機ならここにある」
「すぐにやります。でも、それは保険で、撃たれる前に対処すれば、盾を使う必要はありません」
「どうするの」
「あの男はオレの存在を知りません。オレがドアの陰に隠れていて、男が入って来た所を金属の棒で殴ります。顔を見た瞬間にいきなり、ですね」
人の運命を変えるのは、やはり「出会い」だ。
先生もオレも、こうやってたまたま巡り会ったことで、今の境遇を打開できる。
このミッションに成功すれば、たぶん、オレは先生と一緒に研究することになるだろう。
ちょっと残念なのは1つだけだ。
オレが活動する実働時間は、19分53秒だから、バイト代が時給の1/3になったってことだ。
ここで覚醒。