夢の話 第636夜 あの世の一歩手前で
17日の午前3時に観た夢です。
瞼を開くと、どこか高台の上に立っていた。
遠くの方には青い空が広がり、その下には山脈が連なっている。
かなり高い丘陵の上に来ているらしい。
「オレは・・・。何と言うことだ。起きている時のオレじゃないか」
夢の中のオレは、昼の日常の中にいるオレとは別人のことが多い。だから「オレ」と書くわけだが、しかし、覚醒時の自我のままなら、「オレ」でなく「俺」でよい。
「ということは、俺は眠って夢の中にいるんじゃなくて、『起きている』ということだよな」
俺の脳がごく普通に活動しているという意味だ。
しかも、目覚めている時よりもスッキリしている。そりゃそうだ。俺に苦痛や不快感を与えている身体の問題が、今は小さいからだ。
ほれ。何と言っても体が軽い。たぶん50辰鬘敬誕罎任倭?譴襪世蹇
早くは無いが、ひとまず中学生なみ。オヤジジイなら上出来だ。
視線を崖の下に落とす。
するとそこは岩石だらけのゴツゴツした谷だった。
その外側も同じで、要するにここは岩石砂漠だってことだ。
「ここには何度も来ているよな」
最初は、初めて心臓が止まった時だ。あの時、俺は1分40秒くらい心停止していたらしいが、その時、自意識の中ではこの砂漠の中に立っていた。
二度目の時も心臓の手術中で、この砂漠を歩き、大きな川が見えるところまで行った。
「ま、あの川が三途の川で、その少し手前なんだから、ここはあの世とこの世の中間くらいの世界なんだな」
砂漠も川もイメージで、実際には存在しない。いざ肉体を失ってしまえば、そういう「かたち」には何の意味も無い。物理的な存在の仕方に意味が無くなるからだ。
「でも、俺はここにいる」
このことが実感として分かるまで、随分と長い間掛かったが、しかし、いざ分かってしまえばどうということもない。
ここにはここのルールがあるが、それは「この世」とは違う。
もう一度谷の奥に目をやると、そこに何かが動いていた。
「ありゃ何だ」
目を凝らして見ると、そこに蠢いていたのは群衆だった。
「ああ、亡者たちか」
肉体が滅びたのはよいが、そこからどうしてよいか分からず、この世界を彷徨っている連中だ。
文字通り「亡者」で、この世の言い方なら「幽霊」が一番近い。
「府中の競馬場が満杯になると、ざっと十万人強だから、あれなら三十万人はいるだろうな」
その群集が「わやわや」と何かを叫びながら、こっちに向かって歩いて来る。
この世界では、心の状態がそのまま形になって表れるから、生前の執着心や苦痛がそのまま体のかたちに反映される。だから殆どの者が異形だ。
体が曲がっていたり、動物に近い姿をしていることもある。それも総て心象であって、現実ではない。もはや「現実」というものは存在しない。ここはそういう世界だ。
「あんなに沢山いるのに、自分の他に沢山の同類がいることに気付いていない」
亡者自身は、他の者が見えず、たった独り自分だけがそこにいると思っている。
皆が同じ心持ちだから似たもの同士寄り集まるわけだが、しかし、自意識の上ではたった一人だ。
「それが分かるまでは、奴らのことを恐れていたもんだ」
もちろん、今は何とも無い。
ここで俺は斜面を駆け下りて、谷に降りた。
そのまま進んで行くと、亡者たちが近付いて来た。
さすがに醜い姿だ。
俺はそのまま群衆の中に入り、亡者の間をすり抜けるように前に進んだ。
やはり誰一人として、俺の存在に気が付かない。
普通にしていれば、亡者の目には俺が映らないのだ。
見た目が気持ち悪いから、恐れを感じたり、忌避したくなるが、そういう気持ちに亡者は反応する。
このため、前はよくこいつらに追い掛けられたが、今ではなんとも思わなくなった。
何事も「慣れ」に勝るものはない。
「ちょっと試してみっかな」
亡者たちをすり抜けて、かなり間隔が開いたところで、俺は叫んだ。
「殺すぞ」
死んでいる者に「殺すぞ」はないが、とりあえず憎悪を投げ掛けてみたのだ。
すると、思ったとおり、何十万人の亡者がぴたっと足を止め、一斉にこっちを振り向いた。
ここで覚醒。