◎福沢心訓
しばらく前に、ラーメン屋のテーブルに座り、上を見ると「福沢心訓」が掲げてあった。
以下引用。
心訓一、世の中で一番楽しく立派な事は、一生涯を貫く仕事を持つという事です。
一、世の中で一番みじめな事は、人間として教養のない事です。
一、世の中で一番さびしい事は、する仕事のない事です。
一、世の中で一番みにくい事は、他人の生活をうらやむ事です。
一、世の中で一番尊い事は、人の為に奉仕して決して恩にきせない事です。
一、世の中で一番美しい事は、全ての物に愛情を持つ事です。
一、世の中で一番悲しい事は、うそをつく事です。
あれあれ。そうなると・・・。
「俺って、みじめで、さびしく、尊いことを何もせず、美しくもなく、悲しい人間じゃんかあ」
唯一、「他人の生活をうらやむ」ってことをしないだけで、あとは全部、否定されてしまう(笑)。
でも、ここで気が付いた。
「福沢心訓」だから、誰もが「福沢諭吉」が言ったことだと思う。でも、福沢諭吉は天保生まれで、明治初中期に活躍した人だから、口語体で文章を書いたりするかな?
本来、「ーなり」「ーけり」みたいな文語調の書き方じゃねーの。
そこで調べると、この「福沢心訓」は昭和になってから広まったもので、諭吉とは何の関係もないらしい。
諭吉が「いかにも言いそうなこと」を「誰か」が書いた。
こういうのは本当に多い。
羽柴秀吉が、木下藤吉郎の頃に「織田信長の草履を温めた」みたいな話も作り話だ。
それどころか、皆が知る秀吉の伝記みたいなものは、江戸時代に作家が書いた『太閤記』という物語で作り話だ。
そのせいで、「私は秀吉が好きで」と言う人に会うと、当方は咄嗟に「コイツはめでたいヤツなんだな」と思ってしまう。それだけでなく、それを顔に出してしまうから、もの凄く嫌われる(大笑)。
それはともかく、やはり「もっともらしい話」には嘘があると思った。
やはり、この世は嘘で出来ているものざんす。