日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第970夜 「けして冷たくない方程式」

◎夢の話 第970夜 「けして冷たくない方程式」

 七月十二日の午前四時に観た夢です。

 

 甲高い警報の音で目が覚めた。

 どうやら不覚にも居眠りをしていたらしい。

 地球を出発して二十四時間が経ち、宇宙船を軌道に乗せたところでホッとして気が緩んだのか。

 急いで警報の出ている貨物室に向かった。

 中を検め始めると、ショベル機のボックスの中から人が出て来た。

 「エヘヘ。私も来ちゃった」

 現れたのは、俺の彼女のイブリンだった。

 「おい。なんてことをするんだ。一度発射されたら、もう後戻りなど出来ないんだぞ」

 俺の態度が期待に反していたのか、イブリンは顔を曇らせる。

 「でも、どうしても一緒に居たかったの。一年も会えないなんて耐えられないもの」

 

 この宇宙船は人類が史上初めて星間有人飛行を試みるためのものだ。

 αケンタウリ星の近くまで行き、その周りを回っている惑星BNからある物質を持ち帰る旅だから、片道半年、往復で一年掛かる旅だ。

 船のコントロール技術は日本のもので、金も日本が半分以上を出資する。

 日本人はこの船のことを、何故か「セイカン連絡船」と呼ぶが、セイカンが「星間」だとしても「連絡船」は何だろ?

 俺のような外人には、相手のいない星に行くのに「連絡」は無いと思うが、日本人の意図が分からない。

 

 ともあれ、有人飛行だから、物資を必要最低限のものに留める必要がある。

 そこで、乗組員は俺一人だし、空気・食料等、飛行時間を最短にする量しか積んでいない。

 だから、俺は船の中でイブリンを見て、心底より落胆した。

 「本当に何てことをしてくれたんだよ。君は修正第七条を知らなかったのか」

 「そんなの、私が知るはずないでしょ。私は普通の小学校の教師だもの」

 船の資材は限られているから、それが少しでも足りなくなれば、ミッションは失敗する。

 乗組員が戻って来られなくなるのを防ぐために、憲法の修正第七条が制定されている。これは人権を制限する特別法だ。

 船の正常な飛行を妨げる行為を行った者は人権を剥奪される。仮に密航者があった場合には、「速やかに船外に放出する」決まりになっているのだ。

 「きっと喜んでもらえると思ったのに」

 イブリンが不満そうに言うので、俺は今のこの事態を説明した。

 「え。そんな。私は船外に放り出されてしまうの?」

 「決まりは決まりだから、あと二十分のうちにそうする必要がある」

 地球の汚染は既に限界に来ており、それを浄化するためには、俺のミッションを成功させ、必要な素材を調達する必要がある。

 いわばこの船は人類の希望を背負った船なのだ。例外はない。

 

 仕方なく俺はイブリンをエアロックの中に先導した。

 イブリンは震えながら俺に言う。

 「ねえ、私は外に放り出されてしまうの?私はそんなに悪いことをしたの?」

 俺は何ひとつ返事を返すことが出来ない。無意識に涙が頬を伝い落ちる。

 イブリンはさらに俺に叫んだ。

 「私はたった四十四キロしかないわ。代わりの物を捨てればいいじゃないの!」

 

 俺はその時、まさに内ハッチを閉める寸前だったが、そこで思い留まった。

 「それもひとつ『アリ』の考え方だな」

 俺は内ハッチを開け、イブリンをひとまず船内に連れ戻した。

 「まだ十五分ある。少し検討してみよう」

 俺には思い当たる物があった。

 惑星での船外作業用のショベル機だ。あれはちょうど五十キロくらいだから、あれを捨てればイブリンの体重と相殺され、速度が落ちることもない。

 そこは惑星の地上に俺自身が降りて、スコップで集めればいいわけだ。

 

 「だが食料は?空気は?」

 食料は一日当たり二千八百カロリーを摂取することになっていた。これを二人で分けると、一人一千四百で、一年間これを続けると、かなり痩せる筈だ。だが、ぎりぎり飢え死にしないで済むかもしれん。だが、片道ならともかくとして、一年間ではかなりヤバイ。

 「難関は空気だな」

 空気は船内で浄化・循環させる装置を備えていたが、水も空気も循環させているうちに浄化し切れぬ要素が溜まり、人体に悪影響が出てしまう。そこで、時々、新しい空気を入れるわけだが、この空気タンクも一人分の量しかなかった。

 「こればかりは仕方が無い。空気を作れればいいのだが」

 「植物と光さえあれば酸素を作れるのにね」

 イブリンは小学校の理科の教師だった。

 

 これがまたヒントになった。

 俺が惑星BNに行く目的は、物資を採取することだけではない。惑星BNは地球によく似た環境を持つから、仮に空気が適合した時のことを考え、植物の種と育成機を積んでいた。

 惑星BNで地球の植物を育てれば、将来的に人類が移住することが出来るかもしれんのだ。

 

 「それじゃあ、この船内でその種を植物に育て、光合成させれば酸素が出来る」

 これで問題解決だ。

 もちろん、「当面の」という限定符付きの話だ。

 こればかりはやってみなければ分からない。

 惑星BNに着くことは出来るだろうが、帰りにも同じことが通用するのか。

 

 女はいざとなれば男よりもはるかに肝が太い。

 深く考え込む俺の様子を見て、イブリンがあっさりと言った。

 「それなら地球に帰らなければいいじゃない。惑星BNで暮らしましょうよ。人類という種を存続させるのが、この飛行のミッションなら、それでも目的を果たしたことになるわ」

 なるほど。

 俺たちがもう一度地球に帰り着くことは出来ぬかもしれんが、少なくともほぼ一年の間は、イブリンと一緒に居られる。

 ここで覚醒。

 

 目覚めて初めて彼女の名が「イブリン」である理由に気付いた。

 たぶん、二人が惑星BNでの最初の人類になる。

 要するに、「俺」が「アダム」になるということだ。

 さしたる盛り上がりの無い平坦な夢なのだが、それだけ元ネタのトム・ゴドウィン『冷たい方程式』の衝撃が強かった、ということだ。