◎『怪談』第7話 座敷童の話
五歳くらいの時に、母の実家に泊まりに行った。正確には「数日ほど預けられた」と言った方がいいかもしれん。
夜は祖母の隣で寝たのだが、最初の日の夜中の十二時を回ってもまるで眠れず、目を瞑ってあれこれと考えごとをしていた。
時計が一時になり二時になっても、まったく眠れない。
柱時計が「ぼーん、ぼーん」と鳴る音が響くと、一層、目が覚める。
二時を過ぎた頃に、常居(大広間のこと)の方から、小さな音が聞こえた。「タタタ」という軽い音だ。
この常居は四十畳を超える広さだったから、百人は入れる。
これと奥座敷、もう一つの部屋の襖を開けると、かなりの人数が入れるから、この地域で冠婚葬祭があると、いつもこの家を借りて行っていた。
その広間の方で「タタタタ」が聞こえる。
それを聞いているうちに、何となく「足音だ」ということが分かって来た。
子どもだから音が軽い。きっと私と同じくらいだ。
そのうち、その足音は常居を出て、居間に出て来た。ここはテレビのある、家族が普段過ごす一般的な意味での居間だ。
板間だから、足音が大きくなる。
「タタタタ」が「パタパタ」という音に変わった。
祖父母の家には、私と同じくらいの年恰好の従兄妹たちがいたが、その子たちは十部屋くらいある家の奥の方の部屋で寝起きしていた。
そもそも、夜中、灯りもつけずに家の中を走り回るなんてことを五六歳の子どもはしない。
そのうち、足音は台所まで来るようになった。
台所の隣が祖母が寝ていた小部屋で、台所との仕切りがガラス戸だった。
足音は板間をあちこち歩いており、「キキキキ」と板の擦れる音がした。
「あれは一体誰?」
私は何となく怖くなり、布団の中で固まっていた。
でも、何となく「見てみたい」「確かめたい」気持ちがあるから、頭を上げて摺りガラスの向こうを見ていた。
台所は灯りを落としてあり、祖母の部屋には小電球が点いていたから、この部屋からガラス戸の外の様子は分からない。
ところが、ある瞬間、その足音がぴたっと止んだ。
まるで何かに気付いたような止まり方だ。
その時には、足音は勝手口の近くにいたのだが、それが急に台所の中に駆け戻って来た。
そして、祖母の部屋の前に立った。
私は眼を離すことが出来ずに摺りガラスを凝視していたが、その足音の主がガラスに顔を寄せた。
それで、私はそれが「子ども」だと分かった。
男の子だったか、あるいは女の子だったかは忘れたが、たぶん、「顔が無かった」からだと思う。
その時、私は「この子は自分(私)に気付き、見に来たのだ」と悟り、怖くなって泣き始めた。
しくしくと泣いていると、祖母が目覚め、「どうしたのか」と訊いて来た。
子どもなのでうまく説明が出来ない。
それでただしくしくと泣き続けたのだが、ふとガラス戸に目を遣ると、その時にはあの子はその場から居なくなっていた。
祖母は「きっと誰かに苛められたからだ」と思ったらしい。
朝になると従兄を呼びつけ、「苛めてはいけない」と叱っていた。実際には従兄のせいではないから、私は少しく恐縮した。
高校生になり、祖母が亡くなった折に、子どもの頃のこの体験を母の実家で話した。
すると、「この家は築後百年以上経っている。幼くして亡くなった子どもも沢山いるし、周囲の人たちの葬儀も行っている。きっとそういうのが影響したのでは」という話になった。
実体験なので、大仰な盛り上がりはない。あの家は今もそのままだから、いずれまた泊まらせて貰おうと思う。