日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第1K39夜 バスの中で

夢の話 第1K39夜 バスの中で

 五月一日の午後十二時に観た夢です。

 

 我に返ると、僕はバスの最後部に座っていた。

 「スクールバスなのか?」

 前の席には、僕と同じくらいの十五六歳の子どもたちが乗っている。高校生か中学生と言ったところだ。

 右側の列の五番目くらいにロザちゃんの背中が見える。

 ロザちゃんは僕と同い年だが、別のクラスの子だ。僕はこの子が何となく好きで、後ろ姿を眺めるだけでもやもやした気分になる。

 ロザちゃんは中肉中背で、首から肩の線がすこぶる美しい。ほっそりとした背中には白いセーターが良く似合う。

 「いつかロザちゃんの彼氏になり、手を繋いで歩こう」

 あくまで僕の勝手な願望だ。

 

 バスの外には春の景色が広がっている。

 お天気は良好で、新緑が目に眩しいくらいだ。

 今、この国で戦争が起きているなんて、とても信じられない。

 僕はロザちゃんの背中に満足し、後部座席に仰向けになった。後ろの席は空いていたから、体を伸ばしても大丈夫だった。

 

 だが、一分もしないうちにそんな気分は損なわれた。

 突然、気の遠くなるような爆音が響くや否や、バスの前の方が吹っ飛んだのだ。

 爆風が顔の上を通り過ぎ、炎で周囲が見えなくなった。

 衝撃で気が遠くなる。

 数分後に我に返り、半身を起こす。すると、バスの前半分が無くなっていた。

 ミサイルがバスの直前に落ち、その爆風で前半分が吹き飛んだのだ。

 「ロザちゃんは」

 ロザちゃんはこのバスのちょうど消えてしまった前半分の境目辺りにいた筈だ。

 身を乗り出して、ロッザちゃんの姿を探そうとするが、しかし、そこで僕は自分の胸に痛みを覚え、唸り声を上げた。

 「ううう」

 目を向けると、僕の胸には金属の破片のようなものが深く刺さっていた。四十センチくらいの破片が深々と左胸に刺さっている。

 僕はそれには構わずロザちゃんの姿を探した。

 すると、道路に開いた穴の近くに、白いセーターが落ちていた。

 セーターの下には下半身が見えているのだが、しかし、そのセーターの上の方には、頭がついていなかった。

 「あああ。ロザちゃん。まさか」

 つい先ほどまで、十六歳の健康な姿を見せていたのに、今は躯になってしまったのか。

 ショックで何も考えられない。

 

 血が喉にこみあげる。僕の傷はかなり深かったらしく、半ば千切れそうになった肩口から鮮血が大量に吹き出ていた。

 「ああ。これでは僕も」

 あと数分の命か。

 そう思うと、怒りがこみあげて来た。

 「なぜこんな目に遭わねばならない。僕らが何をした」

 逆上すると、血流が活発になるから、さらに傷口から血が噴き出る。

 「おのれ。けして許しはせぬぞ」

 

 ここで僕は僕の傍に誰かが立っていることに気が付いた。

 視線を上げると、そこにいたのは黒い服に全身を包んだ女だった。

 女はショールのような布で顔の半分を隠している。

 その女が僕に向かって口を開く。

 「腹立たしいだろ。許してはおけぬだろ。お前はあの女子と人生を共にする筈だったのに、この先六十年の時間を奪われたのだからな。違うか」

 「ああ。僕がこれで人生を終えるなら、思い残すことが山ほどある」

 女が頷く。

 「だが、やり直すことは出来ぬ。お前にやれることは、お前やお前の妻になる筈だった女にこんな仕打ちをした奴に復讐を果たすことだけだ」

 「それはあの国の人間たちのことか」

 「いや、ひとを呪うなら一個の人間を相手にせねばならぬ。この戦争を指揮したのは『小さき男』なのだから、まずはその男一人のことに集中しろ」

 「あいつをこのまま捨て置くことは出来ない。必ず街灯に吊るしてやる」

 「そうそう。その調子だ。まずはただの一人を呪うことで、そうすればその縁者に関わることが出来る。『小さき男』の親や子、そして孫にまで恨みを拡げることが出来るのだ。どちらかと言えば、これから生まれてくるはずの子孫を狙う方が容易いがな」

 女が中腰になり、僕の顔を覗き込む。

 「そして、その呪いを確実にする方法がもう一つある」

 僕は苦痛で目の前が暗くなっていたが、女に問い返した。

 「それは何?」

 「私に願え。自分の願いを必ず実現してくれと、私に託すのだ。神はお前の願いなど聞き届けてはくれぬが、私は違う。必ずお前の願いを叶えてやる。『小さき男』とその肉親、その友人知人とさらにその家族。その地域に住む者。その国に住む者へお前の恨みを返してやる。私はお前のような者の願いをひとつにし、あの国を焼き払う。それを私に願えば叶えてやるぞ。さあ、今、私に願うのだ。お前がこと切れる前にな」

 この状況では、やはり死んでも死に切れない。僕はその女に答えた。

 「ではあなた様に託します。『小さき男』を街灯の下に吊るして下さい。その男の家族の屍を一体残さず路上に転がして下さい。その男の住む街や国の者たちに核ミサイルを送り届けて下さい。そのためなら僕はどんな代償も払います」

 それを伝えると、僕の意識はさらに薄れて行く。

 その僕を見下ろしながら、女が答えた。

 「よおし。私はお前のその願いを確と聞き届けた。どういうかたちであれ、お前の気が済むように計らおう」

 

 どれほどの時が経ったのか。

 ゆっくりと僕の意識が戻る。

 周囲を見回すと、僕は漆黒の暗闇の中にいた。

 どこを向いても、僕に見えるのは闇だけだった。

 「ここはどこだろ」

 僕は一筋の光も差さぬ闇の中に、たった一人でいるのだった。

 だが、そのままそこに立っていると、かすかに音が聞こえて来た。

 誰かの話し声のようなボソボソとした小さな音があちこちから響いている。

 「許しておくわけには行かぬ」

 「必ず恨みを晴らす」

 「全員の命であがなえ」

 うおおおおおおおという唸り声が地響きのように湧き上がる。

 僕はその雄叫びに合わせるように声を上げた。

 「うおおおおう。思い知らせてやるぞおう」

 

 この時、僕は一瞬、我に返り、そこで気付いた。

 「もしかして、僕は今、あの女の腹の中にいるのではないか」

 何となくそう思ったのだ。

 ここで覚醒。

 

 『小さき男』がムッソリーニみたいに吊るされる姿なら、確かに見てみたいと思う。

 「欺瞞」はあの世における最大の罪だ。