日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎ホームグラウンドが姫神山

ホームグラウンドが姫神

 前の記事で、「死出の山路」のイメージを示すために、ランダムに画像を選んだ。これは、姫神山の景色だったが、つい改めて見返して目がとまった。

 姫神山周辺は中世には金が採掘され、藤原氏の財力を支える金山だったのだが、金の採掘が廃れた後は、山岳信仰の一大拠点になった。

 中世から江戸期には一千四五百人くらいの山伏が修行していたらしい。私の田舎は姫神山の「西の入り口」に当たる場所だが、昭和五十年代まで、山伏が多数出入りしていた。

 姫神山の麓から少し入った左手に道場があり、そこで山伏が寝泊まりしていたようだ。冬はマイナス二十度を下回るから、修行の環境としては十分だ。さぞキツかったことだろう。

 深夜でも奥州道中を山伏が歩いて居り、すぐ家の先にある道分かれを山伏が曲がって姫神山に登って行く姿を時折家の窓から見ていた。

 元はこの地は「馬場街」という宿場だったのだが、昭和期には軒数がかなり減り、地名も単なる「馬場」に変わった。

 実家は商店だったので、裏に山伏が来ては、経を唱え托鉢をした。母が残りご飯をよそってあげていたが、この先には人家がほとんど無いから、当家の者が不在だと、山伏たちはその先ひもじくて参っただろうと思う。

 ある時、「隣家の庭で山伏が死んだ」という夢を観たので、それを母に告げると、母はピンと来たのか、すぐにそれをその家の奥さんに伝えた。

 すると、その家の奥さんが当家まですっ飛んで来た。

 私が夢に観た場面は、現実に起きた出来事と一分も違いがなかった、という話で、隣家の人たちと一緒に山伏が埋められた場所でお焼香をした。庭の片隅に庭石として置かれた大岩の陰がそこだった。

 その場所はまさに私が夢に観た「山伏が倒れてこときれた場所」だった。

 

 私が今のように「変な風」になったのは、この地で生まれ育ったことの影響だろうと思う。

 かなり後になり、霊感教会のO先生を訪れた時に、「あなたは昔、修験者だったことがあり、志半ばで道に倒れ亡くなった」と言われたのだが、咄嗟にあの隣家の敷地で死んだ山伏のことを思い出し、ドキッとした。

 「よもやあれは俺自身だったのかもしれん」と思ったのだ。

 たまたまにしては話が出来過ぎだ。

 

 同じ年である中一の時に、深夜二時頃に目覚めたのだが、国道の方から人の気配が近付いて来た。山伏が道を通るのは、特に不思議なことでもないので、途中までは何とも思わなかった。

 ところが、どんどん家の前まで入って来て、玄関の前、すなわち私の部屋の真下で止まった。 

 直接見ているわけではないのだが、人の気配がビシバシと伝わって来る。

 その山伏が二階を見上げているのも分かる。二階というより、私のことを見ているのだった。

 幽霊が呟く「ぶつぶつ」という声を聞いたのは、その時が初めてだった。ちなみに、その後はしょっちゅう聞く。壁を隔てた向こう側から聞こえるようなくぐもった声がそれだ。

 さすがに「コイツは不味い」と思い、廊下を隔てた部屋で寝ている父に助けを求めようと思った。

 ところが、その時にはすっかり腰が抜けてしまい、立ち上がることが出来なかった。

 このため私は四つん這いになり這って親の部屋に行った。

 父を起こし、「誰か外にいる」と告げると、父はパッと起きて、階段を降りた。そのまま外に出ようとしたが、ふと思い返して一旦中に戻ったが、これはバットを取りに戻ったのだった。

 父も私も「盗難被害」の気があるようで、父はそれまでにも幾度か店を荒らされたことがあった。私も車上狙いから外国人窃盗グループによる事務所荒らしまで、これまで十数回の被害を受けている。

 父はドアを開けて外を見回ったが、その時には誰もいなかった。その後、父は戻って来て「夢でも観たんじゃないのか」と言ったが、山伏が部屋の下に立ったのは、私が目覚めた後の話だ。

 その頃、母が退院して、家に戻ったばかりだったが、母は私に何が起きたかを知っていたようだ。

 母は「あまり気にしないでいいから」とだけ、私に伝えた。

 実際、これくらいの出来事をを気にしていたら、普通に生活することなど出来ない状態だ。

 「想定し辛い事態」の限界域がどんどん更新され、拡張されて行く。

 

 掲示した画像は気のせいであり、妄想の範囲だが、もちろん、「他の人にとっては」という意味だ。もちろん、私には違う。ここは私のホームグラウンドだからツーカーで伝わるものがある。

 この地は姫神山の裏手で、人も車も滅多に通らない。

 何百年もの間、この山はひとの心を集めて来たから、今も断片的な意識が漂っている。

 今ではもはや切れっぱしだから、気にする必要もないのだが、いかんせん、「ぶつぶつ」「かやかや」という声はどこからでも聞こえる。

 かたちは捉えにくいが、深夜に訪れると、赤外線効果で目視出来るかもしれん。恨みや怨念めいたものを持たぬから、過度に驚いて運転などを過ったりしなければ、何も起こらない。

 あの世について真面目に知りたいのであれば、こういう霊場を訪れるとよい。もちろん、興味本位程度で行動したり、「(ネットに出して)受ける」ために出向くとそれ相応の仕返しが来ることもある。 

 死者には常に敬意を持つことが基本だ。上手に付き合えば、私のように死ぬべき時に死なずに、死期を先送りにできるかもしれん。

 

 ちなみに、私は特定の宗教の信者ではなく、また特別な霊感、霊能力なども持ち合わせていない。ごく普通の凡人だ。

 「よくよく観察する」「深く考える」ようにしているのと幾らか類似経験があるだけ。

 取り越し苦労も多いが、「取り越し苦労」ほどすばらしいものはない。それは「この後、何も不審事が起きぬ」という意味だ。

 

追記)道を歩く女には頭がふたつあり、後ろの方が本体のよう。だが、もはやほとんど意識はない。ただ茫然と道を歩いている。
 女は意味のまったく取れぬ文章を呟いている。
 幽霊の本質は意識であり、それを端的に示すのが声だ。
 姿かたち自体にさほどの意味はない。

追記2)さすが奥州有数の霊場だ。気配を消しつつ、こちらをガン見するヤツがいる。

 その気配の消し方が見事で、よくよく注意を払わぬとまるで分からない。前に見える影はめくらましだったようだ。

 人を隠すには人の中。幽霊を隠すには「森の中」らしい。錯覚であって欲しいが、声が聞こえちゃあなあ。

 こちらが経験を踏んだせいもあるが、今後は気をつけようと思う。