◎夢の話 第1K66夜 冥界の異種格闘技戦
二十六日の午前三時に観た短い夢です。
「猪木さんが格闘技戦をやるらしいよ」
俺の友だちがわざわざ報せに来てくれた。
「へえ。まだ亡くなったばかりだというのに、もう始めるのか」
だが、すぐに気が付く。
「なるほど。老いた肉体を脱ぎ捨てた後は、自分のありたい姿を取る。それなら猪木さんは三十台の自分の姿を選ぶに違いない」
グレート・アントニオと戦っていた頃だな。
アントニオはオツムのちょっと弱い、気のいい若者だったのに、レスラーとしてはまるで素人だった。
試合を成り立たせるために、猪木さんはその若者をとにかく殴る蹴るで転がした。
ちょっと可哀想な見世物だったな。
早速、見物に行くべく、トンネルを通り抜けた。
俺は死んではいないが、この世とあの世を行き来できる。これも修練の賜物だ。
三途の川の手前まで行くと、大群衆が集まっている。
「試合会場が賽の河原とは、猪木さんらしいぞ」
川の手前だから、集まっている者は全員が成仏していない魂たちだった。
ライトを浴びて、猪木さんが現れる。
やはり三十台半ばの姿をしていた。
リングサイドには、何かを叫ぶアリさんがいる。
アリさんも、ジョージ・フォアマンと戦っていた頃の姿をしていた。
リングの反対側を見ると、「ドクターデス」のスティーブ。ウイリアムスがコーナーポストに陰に立っている。
「でかい」
生前のウイリアムスさんは牛みたいにでかかったが、今はさらにでかくなっていた。
「筋肉増強剤の影響で心臓に負荷が掛かり過ぎて亡くなったんだったな」
俺はウイリアムスさんみたいにステロイド系ではないが、心臓の治療の一環で筋肉増強剤を使っていた。だが、数か月後、急に心臓が肥大したので、ウイリアムスさんのことを思い出し、薬の投与を差し止めた。そうすると心臓はゆっくりと元に戻ったから、今回俺が生き延びたのは、ウイリアムスさんのおかげと言っても良いほどだ。
どよめきが起こり、対戦相手がやって来た。
ウイリアムスさんが「まるで牛」なら、この相手はアフリカ象のサイズだった。
巨大な「鬼婆」がのっしのっしと歩いて来る。
俺は思わずため息を漏らした。
「さすがあの世だ。とんでもないヤツがいる」
猪木さんも、ここなら戦う相手に困らないぞ。
ここで覚醒。
死者が赴く一丁目は「幽界」になるが、ここに居る者は生前の自我を留めている。
この世界は主観的に形成されるから、「こうありたい自分」もしくは「執着する自分」の姿になる。
もし若い頃の姿を望んでいればその姿になる。
あるいは、何かに執着していれば、その時の自分の姿になる。自死した者が死に間際の姿を留めるのはそのためだ。
自我の有体は刻々と変化するから、幽霊は時の経過と共に次第に変化する。
自我を留めるために、他の同類と同化合体したりもするが、歪んだ心の者が同類と同化すると、いっそう外見も歪む。
このため、長く幽界に留まる者は、怖ろしいバケモノに変わっていることがある。
昔の人は様々な妖怪を考え出したが、あれは想像で思い描いたものであると同時に、ああいう感じの者が「現実にあの世にいる」ことに気付いていたことによる。
追記)夢の中の「友だち」はアモンで、今回は子どもの姿をしていた。
普通にしている時は付き合いやすい。
さて、ほんのちょっとした兆候を見逃さぬと、いろんな面で奏功することがある。
心臓の状態が一気に下降した時期が「筋肉増強剤の投与期間と重なっている」ことに気付いたので、これを差し止めたら、二か月でかなり戻った。もちろん、普通の人の半分以下の状態ではあるが、死ぬよりはよい。
春には医師や看護師が口を揃えて「心臓の施術を受けろ」と言う。明らかに心臓由来の症状ではないのと、専門外の者まで同じことを言うので、「何かの意思が働いている」と気付き、一切耳を貸さなかった。
もちろん、総てが罠で、もし応じていれば、今は灰になっている。
いつも「気配を見る」ことに努めていることが役に立った。
医師たちは「言わされていた」ということ。
その証拠に、何ひとつ新たな治療を加えなかったのに、今はかなり回復している。