日刊早坂ノボル新聞

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◎「怪談」シリーズ 第七話 「真夜中の宴会」

「怪談」シリーズ 第七話 「真夜中の宴会」

 幾度か地名を隠して記したが、もはやかなりの年月が経ち、その場所も人も替わっていると思う。

 ここでは極力実名で記す。

 

 これは私が大学生の時に体験した話だ。

 シュラフひとつを持ち、青函連絡船に乗って、北海道に渡った。

 夏場なので、夜中になると、公園とか駅の前で眠ることが多かった。

 各駅停車でゆっくりと北上し、各地を見て回ったのだが、幾日目かに、札幌を過ぎ登別に至った。

 登別に着いた時には夕方の七時過ぎだ。

 「たまにはどこかに泊りたい」と思ったのだが、観光案内所はもう閉まっていた。

 となると、また駅前のコンクリの上で寝ることになる。

 すると、改札を出たところに、法被を着た男性が立っていた。

 「泊るところある?二食付きで三千円でいいよ」

 当時としてもえらく安い。登別は温泉地だと思うが、その安さとは。

 マイクロバスで送ってくれると言うので、そこに泊ることにした。

 布団で寝られるし、風呂にも入れる。

 

 その旅館へは、凄く長く掛かった。四十分は車で移動しただろうか。

 たぶん、登別市内からかなり離れた別の町にある。

 旅館の前に着いたが、築後半世紀以上は経っているような古びた佇まいだった。

 部屋数も少なく、きっと十部屋くらい。

 玄関を上がると、昔風の帳場があり、すぐに階段だ。これも昔風だった。

 女将さんが「夕食の時間は過ぎていますが、部屋までお持ちします」と言ってくれる。

 部屋は二階で、六畳くらいの広さだった。

 先に風呂に入りたかったが、すぐにご飯が来た。

 夕食は宿賃の割には充実しており、おかずが沢山ついていた。

 「なるほど。料理が良くなければ、ここには来ない」と納得した。

 風呂はひとつだけで、男女共用だから、他の客が入っている時には入れない。帳場に「風呂に入る」と言伝ると、入り口に札が下がり、その間は他の客が入れぬ仕組みだった。

 風呂自体が小さくて、一度に二人しか入れぬし、そもそも沸かし湯だった。

 近隣の町から、登別の駅まで集客に行っていた理由はそれだ。週末だったし、温泉旅館にあぶれる者も居る。

 それでも、一泊三千円だから文句はない。あの料理なら、二食の食事代で三千円を超える。

 ビジネスホテルの素泊まり宿料が四五千円くらいだった時代だと思う。

 

 疲れていたので、風呂の後で部屋に戻ると、すぐに寝入ってしまった。

 二時間くらい寝たと思うが、夜半に目が覚めた。

 夜中の一時を過ぎていた。

 トイレは部屋には無く、廊下の端の方にある。

 途中の廊下が長く、座敷が二つ並んでいた。

 宴会用の座敷で、料理が良ければ、地元の宴会が入るから、商売の基本は宿泊ではなく宴会の方。

 ひとつを過ぎ、奥の方の座敷の前を通ると、中から声が漏れて来た。

 酔っぱらったオヤジが「俺がなあ。※※で※※すると」とがなり立てる。

 すると、四十くらいの女性が「やだあ。※※ちゃんは※※※※」みたいな嬌声を上げていた。

 概ね三十人くらいの集まりのようだった。

 ワアワア、キャアキャアと大盛り上がり。

 

 「俺の田舎でも冠婚葬祭の時には遅くまで飲むが、それでも十二時くらいまでだよな」

 ま、地方によっては、夜を徹して、という地もあることはある。

 そんなことを考えながら用を足した。

 すっきりしたので、部屋に戻ろうとしたのだが、廊下に出ると、さっきとは雰囲気がまるで違う。

 「何だろ?」と思ったが、すぐに「声が聞こえぬ」ことに気付いた。

 ほんの一二分前には聞こえていた酔っ払いたちの声が、今はまったく聞こえない。

 おかしいぞ。

 疑問に思うと、確かめてみたくなってしまう。

 奥座敷の前に来たところで、襖を開けて中を見た。

 そうしたら・・・・。

 とんでもない者が出て、てな展開にはならず、そこには誰もいなかった。

 真っ暗で、だだっ広い空間が広がっていただけで、宴会をやっていた形跡もない。

 「えええ。さっきのは何なの?」

 オヤジの猥談や、女性の嬌声が耳に残っているのに、今は気配すらなかった。

 

 部屋に帰って考えたが、なるほど、普段から客が来ないわけが分かった。

 この旅館は、とにかく気色悪いのだ。

 目覚めて、それに気付いてしまうと、今度は寝付けなくなる。結局、朝まで起きていた。

 そもそも二階に泊っていたのは、私一人だった。

 旅館全体でも、もう一組の母子がいただけだった。でこにもそそっかしい者はいる。

 翌朝は早々にこの旅館を出て、登別駅まで送って貰った。

 

 何年か後に、ネットで「北海道での怖い体験談」を読んだ。

 ある人が旅館に泊まったが、寂れた旅館で、どこもかしこも気色悪い。

 外に出て散歩しようとしたら、女の人が手招きをするので、そっちについて行ったら、草の陰が急に崖になって落ちていて、危うく転げ落ちるところだった。先に進んだ女性はどこに消えたのだろう。

 そんな話だったが、旅館に関する記述が私の体験と同じだった。年配の女将と、客引きの男性、あとは、仲居さん一人しか人の姿が見えない。玄関の様子や中の間取りも同じ。

 たぶん同じ旅館だと思う。

 

 本来、「人気のない筈の場所で、わやわやと声が聞こえる」類の経験は頻繁にあるが、旅館でこれと同じようなことが起きたのも三度ある。青森では、まったく同じような「宴会」だった。

 この手のは、その旅館が新しい・古いに関わりのないものらしい。

 どれかひとつのはっきりした因縁によるものではなく、あれやこれやと絡み合って起きるもののようだ。実際、新築のホテルに泊まった時でも、八階の外壁の外側から「助けて」という声が聞こえたことがある。声が聞こえたのは空中からだ。

 

 映画の『シャイニング』には、1920年のパーティの様子が現代に蘇る場面があるが、あれを観る度に自分の経験を思い出す。生きている人と同じように見えるし聞こえるから、その場では「恐怖」まで行かず、「不審に思う」くらいだ。だが、それだけに余計にリアリティを感じる。