日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎あまり変わっていない

あまり変わっていない
 飯能の能仁寺を出た後、トラの神社に参拝した。

 一度や二度ご供養したからと言って、状況が劇的に変わることは少ない。
 繰り返し続けることで、少しずつ軽くして行く必要があるようだ。


 視覚的にはほとんど見えぬが、最初の画像では、右腕のところに男の影が出ている。
 当事者としては「触られている」という感触があり、かたちが見えるかどうかは関係がない。
(これを書いている途中で無回線電話がチリンと鳴ったが、反応したようだ。)

 常時感じるのは、「女がしがみついている」という感触の方なので、男だったのは意外だったが、やはり女もいるようだ。
 「俺には助けられないが、重ねてご供養を施す。納得して俺から離れてくれ。己を救うのは己しかいないのだよ」
 とどのつまり、喜怒哀楽を含め、自分の人生のケツを拭くのは他の誰でもない自分自身と言うこと。

 

 連日、深夜二時三時になると、「死にたい」「もう生きていたくない」という声が響く。

 駅は幽霊の立つ「スポット」だが、全部がそこで亡くなった者と言うわけではなく、人が何万人も行き来する地点なので、それに引き寄せられて集まって来るようだ。

 眼の治療のために仕方なく駅に行ったが、二十七人(体)くらい寄り憑かれた。

 幾らか減ったが、まだワンサカいる。

 

 自分自身については、目視確認する必要がなく、公開したところで他の者には関りが無いし見えも感じもしないので意味は無いのだが、ひとまず記録として残すことにした。自分自身については、意味不明の体の重さや、触感が総てを物語る。