日刊早坂ノボル新聞

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◎病棟日誌 悲喜交々 11/28 「宝くじの不正のやり方」

◎病棟日誌 悲喜交々 11/28 「宝くじの不正のやり方」

 右足が腐り始めているので、おっかなびっくり病棟に行くと、「今日は外科、形成外科とも休診」だという。とりあえず皮膚科で抗生物質を処方してもらい、次の診察日まで数日間経過観察になった。

 へたすれば指か足を切られる可能性があるから、さすがにドキドキする。

 ふた月前は「失明するかも」という状況だったが、気分的には変わらない。

 

 この日の担当はキム君だった。

 キム君は在日二世で生まれ育ちが川崎。言葉の節々から、割合「苦労人」だと分かる。

 当方は半島人犯罪の被害に遭ったことがあるから、半島人を毛嫌いしているのだが、キム君のような真面目な青年は別だ。苦労して来た者はいつか報われるべきだと思う。

 そのキム君が「宝くじを買いました」と言う。

 「宝くじを当てたら、仕事は辞めてのんびりします」

 「一億くらいあるのなら、とりあえず世界中を旅行するのがいいよね」

 「ジャンボは毎回買っているんです」

 「ジャンボか。それなら当たる可能性はロトより幾らかある。イカサマが半分くらいまでしか出来ないからね」

 「え。イカサマって?」

 

 ここで「日本の宝くじ制度はイカサマが簡単に出来るシステムだ」ということを説明した。

 以下はその概略。口頭ではごく簡単な説明をしたが、文字にすると独り歩きするので、ここではやや丁寧に記すことにした。

 

ドリームジャンボで不正を行う場合」(富くじ不正)

 日本の宝くじは、江戸時代の寺社による「富くじ」が起源になる。

 その時の抽選方法は、大きな木箱に、客が買った札の番号と同じ番号を記した木札を入れ、よく掻き混ぜた後に、上から無作為に槍(のような刺す道具)で突き刺し、その槍が刺さった札が当籤番号になる。抽選方法自体は、無作為抽出と同じ意味で、公正な方法だ。

 だが、イカサマは簡単に出来る。

 それは、「売れていない番号を振り出す」という手法だ。

 例えば、実際に売れた富くじが1千枚なのに、抽選を行う時には対象番号を2千枚とする。

 架空の番号を入れて二倍に増やしておけば、理論上、当選確率が1/2に下がる。

 本来、誰かに当たる筈の当籤金を半分に減らすことが出来る。

 

 今の宝くじなら、ドリームジャンボでこれが出来る。

 まず100万枚を1組とするくじを100組発行する。これで1億枚だ。

 その売れ行きを見て、「追加発行します」と告知する。ま、これを20組分として置く。

 トータルで実際の発行枚数は、120組×100万枚で、1億2千万枚になる。増刷分は別にどうでもよい。

ところが、追加発行の際に、実際には販売しない「空の組番」を振り出して置く。

 仮にこれを120組分とする。現実には存在しない「201組の何番(仮)」がここで出来る。

 抽選は公開で行われ、実際、不正は出来ないしやらない。何故なら、抽選前から「当籤金の半分くらいは手元に残る」勘定になるから行う必要がない。

 このケースでは、「当籤金の半分くらい(理論値)」は取りに来る者が現れぬから、胴元のアガリになる。

 

 ここで思い出して欲しい。

 ジャンボくじの一等当選者のうち、「当籤金を取りに来ぬ者」が何人いるかを。

 毎年、数十人が取りに来ていない筈だ。

 一般国民の状況は冒頭のキム君と同様で、「いつか宝くじが当たってはくれぬものか」と夢見ている。

 宝くじを買う目的は当籤金を貰うことだ。殆どの者が抽選日を心待ちにしている。

 そうなると、「当たっているのに取りに来ぬ者」の割合が異常に高いことが分かる。

 こういうケースなら、「忘れていた」「紛失した」というケースが生じるのは、まずは1㌫以下だ。

 社会調査に従事し、一般人の考え方に触れる経験をしていれば、「取りに来ぬ人の数が数十人」は「実際には起こり得ぬ割合」だと推測する。

 「上手の手から水が漏れる」瞬間とはこのことだ。

 

 (悪人側胴元の立場に立つ場合)それなら、不正を隠すには、「当籤金を実際に振り出せばよい」という話になるのだが、これは現実的ではない。実際にお金を動かす必要があり、今度はそれを戻す仕掛けが要るようになってしまう。お金の足取りは割合掴みやすい・掴まれやすいから、振り出さぬ方が賢明だ。

 で、「当たっているのに、取りに来ませんでした」となる。

 

「ロトで不正を行う場合」

 「富くじ型」の不正があるなら、さて「ロト型」は?

 ロトの仕組みは存在自体があこぎで、売り上げの半分くらいが胴元に入ることになっている。

 宝くじを含め、公営ギャンブルを含めても、こんなに「買い手に還元しない方式」はない。要はボッタクリ。

 このロトの手本は、もちろん、米国だ。「パワーボール」という言葉を聞いたことのある人は多いと思う。このやり方は次の通り。

1から69までの数字(番号)のうち、5個の数字を選ぶ

1から26までで、パワーボールの数字を「パワーボールプレイ」スリップで1個選ぶか、「クイックピック」を頼む。

以上で選んだ6個の数字に、当籤数字の全てが一致したら、ジャックポット(大当たり)となる。

 なお、日本のロト6では、1~43の数字の中から異なる6個、ロト7では1~37のうち7個を選ぶ。

 

 確率論的には、「殆ど起こり得ない水準」のため、一等当籤が出ぬことがかなりある。

 その都度賞金が積み重なって行き、米国では1等用にプールされた過去の当籤金が当籤者に全額与えられるが、日本では上限があり、ロト6は上限2億円、ロト7は上限7億円となっている。

 抽選自体は無作為に行われるわけで、これのどこに不正が入り込めるのか。

 このやり方は簡単で、データ自体はコンピュータの中に保存されているから、当籤番号が決まった直後に「その当籤番号を振り出す」という方法で、当籤者を作り出すことが出来る。これはプログラムひとつで出来、時間は十万分の一秒で済む(電子信号の速度)。

 

 ここからは「もし自分が胴元だったら」という仮定の話だ。

 当籤金のプールが満杯になって来た頃合い、例えば二十億とか三十億とかだがの段階で、「そろそろ引き落とそう」と考える。これは当籤者を創作すればいいので簡単だ。だが、万が一、経路を調べられると不都合なことが起きる。当籤者がいるのだから、お金がその人に移ることになり、この形跡が必要だ。

 実際に券が売れたかどうか。お金が動いたかどうか。

 まず券売方式なら、それを販売した「くじ販売店」がある筈で、これが存在している必要がある。

 ここで胴元は思い付く。

 「実際に当籤が出ている店に被さればいい話だ」

 そこから現実に当籤者が出ているのだから、証拠のひとつとなる。

 (初期は券売方式のみで、ひとつの売り場から2口とか3口の当籤が出た。)

 ちなみに、これは今では解消された。今はネットでも買え、店で券を買う行為を経由せずにロトくじが買え、当籤金は振込だ。

 

 ロトの場合、「胴元による不正」は簡単に出来、しかもこれは露見し難い。

 米国の場合、「不正が行われていない」ことを証明するために、1等当籤者の氏名を公表し、顔も見せる。「当てた人がいる」という証拠を見せねば、客は納得しない。日本ではこれがないから、実質的にやりたい放題だ。

 たぶん、「当籤者が犯罪の標的になるのを避けるため」とかナントカ、ご都合主義的な言い訳があるのだろう。だが、これは当籤後、一定の準備期間を置けば簡単に解決する。「一等当籤の後、半年後に公表される」のであれば、当籤者が対策を立てるのは容易だ。引っ越したり、旅行に出ればよい。あるいはすぐに換金できぬものに替えて置くなどだ。7億あるなら、警備の十分な家に住み、ガードマンを雇うことも平気だ。

 

 日本には、胴元が「不正をしていない」ことを立証する情報は開示されない。

 こういう「不正が出来る環境があり」「露見し難い」環境なら、通常は「必ず不正が起きる」と見なされる。こちらがむしろ「世界の常識」だと思う。

 コロナ流行期に「事業継続給付金」が設定された時に、不正受給を試みた者が多数いる。その中で、最も大きい金額を詐取したのが、その制度を管轄する立場の財務省の職員だった。法律を施行させるべき立場の者が率先して不正を行っている。

 ちなみに、普通の会社なら、その職員の上司は悉く懲戒を受け、代表性のある管理職は必ず更迭されるのだが、局長は責任を取って辞めたか?

 要は「不正が出来る環境がある」は「誰かがやっている」のとほぼ同義だということ。

 

 ロトの場合、複数口を購入する意味は「ほぼゼロ」だ。当籤金がプールされており、これを当籤者で分割するのだから、仮にひと口なら全額(上限7億まで)で、ふた口なら1/2ずつ。プール総額が7億以下なら結局は同じ額になる。

 同じ番号を複数口購入する行為が意味を持つのは、「プール金額が7億以上あり、かつ当籤出来る見込みが普通より高い時」だけ。当籤番号を事前に知ることは出来ぬわけだが、出た後にその番号を買えるなら、ふた口でも三口でも買える。

 だが、確率論的には天文学的な水準だ。もし「ふた口当てたい」と買う者がいるなら、よほどの「ヌケ作(古い)」か、数学がよほど嫌いな人だ。

 だが、実際には「買った人がいる」ことになっている(表向き)。

 

 総じて、ジャンボでは「当籤金を受け取りに来ぬ人がやたら多い」こと、ロトでは「事後操作がないことを証明する手立てがまったく打たれていない」ことに不信感を覚える。

 繰返しになるが、要は「幾らでも不正が出来る環境にある」ということだ。

 この仕掛けを作り、ネタが露見することの無いように進めるには、政・官・民(振り出し銀行)の結託が必要だ。とりわけ、システム担当者は、「もし他言すれば自分はおろか家族までこの世から消える」筈だ。逆に、今は陰謀論だがこの手の不正がもし存在していたなら、国会議事堂と胴元の銀行が焼かれるような暴動が起きる。

 

 これまで、ロト7を継続して分析して来たが、この意図は「統計技術を駆使し、どこまで当籤に近付けるか」を調べることと、「不正が行われていないか」を監視することだ。

 前者は今のところ、「四等までは当籤確率をそれなりに高めることが出来る」という程度だ。

 後者については、仕事で長らく統計を触って来たが、時々、ロトの出方には不審を覚えることがある。確率論的には「あり得る」のだが、社会心理的は起こり得ぬことが起きる。机上の上では正しいが、しかし、「人のこころ」に反している。

 

 というようなことを、キム君にかいつまんで話した。

 キム君が「ジャンボを買った」ということについての返事は、「そりゃ良かった。からくり的にロトが当たることはないが、ジャンボは机上で計算する何分の一かの確率だが、可能性は残っている。天文学的水準で、限りなくゼロなのだだが、「まったくのゼロではない」というものだった。

 

 注記)一発殴り書きなので、不首尾はあると思う。

 これは単なる陰謀論なのだが、万が一に的を射たりしていると、数か月後には、役員待遇で暮らしているか、あるいはこの世から消えていると思うwww。