◎夢の話 第1107夜 和菓子店にて
五日の午前四時に観た夢です。
郊外の道を車で走っている。
自意識によれば、私は三十歳すぎくらい。
後部座席には父母が座っていた。
久々に郷里に戻ったので、父母と出掛けているわけだ。
周囲はほぼ緑で、山道を走っている模様。
「ここにはこないだも来たな」
だが、それは夢の中での話だった。
子どもの頃に住んでいた家から、岩洞湖というダムの方に向かうと、ちょうどこんな景色が広がる。
「してみると、俺は夢の世界にいるのか」
現実感があり、とても夢とは思われない。
湖畔に着くと、レストハウスや売店が軒を連ねていた。
岩洞湖なら数軒しかないが、ここには店が十数軒はあったから、岩洞湖ではない。
湖畔に住宅がたくさん並んでいるところは十和田湖の景色のよう。
母が「何か店の人たちに買って行く」と言うので、目に付いた和菓子店に入った。
桜饅頭を見て、母が「これをニ十五個ください」と店員に告げる。
だが、五十台らしき女性は「そんなには売れません。十個にしてください」と答える。
「他のお客さんが買えなくなってしまいます」
だが、二十五個ないとお土産にならんから、母も「今ここにあるんだから二十五個売ってください」と言った。
そうでないと従業員の間に差がついてしまう。
ここで少し押し問答。
父は「相手にしちゃいられん」とばかりに、隣の店を見に行った。
私は外の椅子に座り、周囲の景色を眺める。
「同じ夢で同じ景色を繰返し眺める。だが違和感もある。ここは俺が創り出した夢の世界ではないのかもしれん」
だが、景色の一つひとつが自分自身の記憶が創り出した世界であることは疑いない。現実には存在していないのだ。
「してみると、ここは峠の先の世界か」
三途の川とは逆の方向に進むと、そこには「死出の山路」に向かう方角になる。
暗い夜道を道なりに進むと峠が待っている。
この峠を越えると、この世でもあの世でもない世界が広がる。
ここは、各々が「見たいものが見たいように見える」世界だ。現実の世界とも重なっているが、本人(霊体だが)の記憶や感情によって見えるものが異なる。自分だけの世界にいるのだが、しかし他の者の意識とも繋がっている。既に肉体から離れており、感情に自他の境目が明確では無いからだ。
父や母が私を見る時、私はそれぞれの思い描く私の姿になっている。たぶん、母にとっての私は五歳くらいの子ども、父には私が大学生くらいの姿に見えている。
私の方は父母とも五十台に見える。その頃の父母の姿が好ましいと感じているからだ。
ここで気付く。
「オイオイ。これはかなり不味い状況じゃないか」
父母は私が思い描いた姿をしており、私の記憶から作り出された者だが、しかし、ここは夢だけの世界じゃない。父母は私とは独立して存在している部分があるのだ。
これを接合する事実はひとつ。
「それは、父や母がそろそろ俺を迎え入れようとしているということだ」
母と父が同時に夢に現れたのは、これが初めてだ。
たぶん、この続きを幾度か夢に観るだろうと思う。
そして、その時が来たら、きっと二人はこう言う。
「じゃあ、そろそろ一緒に行こうか」
その後で、私が通院か買い物で道を歩いている時に、心臓か脳に衝撃を受ける。そしてそのまま道端に転がって死ぬ。
私は和菓子店頭の椅子に座って、来たるべきその時のことを考えている。
母はどうやら菓子をニ十五個買ったようで、それを袋に詰めて貰っていた。父は青果店でリンゴの出来を店員に訊ねていた。
ここで覚醒。
穏やかな内容なのに、リアリティがあり過ぎて怖かった。