日刊早坂ノボル新聞

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◎病棟日誌 悲喜交々 2/17 モルヒネの効用

病棟日誌 悲喜交々 2/17 モルヒネの効用
 ひとつ置いた隣は病棟の入り口近くで、ここは重篤な入院患者が治療を受ける場所だ。入院患者がベッドごと運ばれて来てここに入る。
 最近、そこに新しい患者が来るようになったが、八十歳過ぎくらいの男性だ。
 これが既に末期症状で、全身が弱っているらしい。
 知能も衰えて、四歳くらいの子ども並み。
 朝から「痛いよ。痛いよおお」と泣き叫ぶ。
 針が腕に刺さっているのに、これを勝手に抜こうとする。
 一度は本当に抜いて、ベッドが血だらけになった。
 既に寝たきりで、時々粗相をしてはお尻を拭かれるが、荒れているらしく拭かれるのも痛い。介護施設では、高齢者がもっとも泣き叫ぶのがこのお尻の清拭だ。一回便がお尻についてもかなり荒れるのだから、これが幾日も続けば、実際、痛くて堪らんだろうと思う。
 こういう患者は、概ね一週間から二週間くらいの間苦しんだ挙句、あの世に旅立つ。

 だがその間、病棟ではずっと延命措置が続けられる。
 で、病状が苦しいし、さらにその治療自体も苦しいから、ひたすら泣き叫ぶ。
 周りも自分がキツいのに、すぐ隣で喚かれるので、余計にキツい。だが、その患者はもうすぐ死ぬのだからと、誰も文句を言わない。

 こういうのを見ていると、安楽死までは行かずとも、延命ではなく「苦痛の軽減」を重点とした医療を行うべきだと思う。
 人権論者はあれこれ言うだろうが、当事者はひたすら「この苦痛を軽減して欲しい」と願っている。
 先進諸国の中で、日本が突出して寝たきり患者の数が多いそうだが、これは医療の質が「とにかく延命」に特化しているからだ。
 当方は当事者に近い立場だが、自分の問題として「こういう状態になったら、延命ではなく苦痛の軽減を優先して欲しい」と思う。病院の中で言うと鎮痛剤になるが、簡単に言えば麻薬だ。
 頭がぼんやりする分、鈍感になり、結果的に早く死ぬことになるが、苦痛に悶える日数を伸ばすより、穏やかに死んで行ける。
 八十、九十になり、多臓器不全症になったら、それから良くなる術がない。延命は苦痛を長引かせるだけだ。
 実態が知りたかったら、この病棟に来いと言いたい。

 せめて一日だけ、隣にいてみろ。
 この病棟に居れば、そういう患者が来ると、十日くらいの間、朝から夕方まで絶えることの無い叫び声を上げる。入院病棟ではこれが夜の間も続く。
 そのうち何も処置が出来ず、介護士が見守るだけの状態になるわけだが、患者の方は叫び、それを介護士がただ慰める。
 周りの患者は休むことが出来ず、苦痛を分かつ。

 モルヒネやアヘンを与えれば、苦痛を左程感じることなく眠っていられる。現状では、こういう患者への医療措置は断末魔の苦しみを伸ばすだけだと思う。
 ここは安楽死を認めろと言うのではなく、苦痛の軽減が本意だ。
 あれこれ言うのは、こういう患者の実態を見たことの無い者だと思う。