◎夢の話 第1120夜 「雀荘にて」
十六日の午前二時に観た夢です。
我に返ると、俺がいたのは雀荘だった。俺は三十台だが、知人の会社社長に誘われ、よく卓を繋いだ。
この社長に融資を受けていたから、事実上、営業もしくは接待だ。仕事がキツいのに、接待に駆り出されるから、体が痛む。
おまけに周囲は俺が「仕事を疎かにして遊んでいる」と思っていただろう。だが零細企業に銀行は金を貸さぬから、これも資金繰りのためだった。
その社長が対面に座り、上家が五十台半ば過ぎのオヤジだった。
このオヤジの仕事はマンション経営で、いつもぶらぶらしている。親から貰ったマンションの家賃収入で暮らしているわけだが、仕事らしい仕事が無く、毎日麻雀を打っていた。
下家はいわゆる雀ゴロで、四十台半ばくらい。コイツは年季が入っている分しぶとくて、コツコツとツキを引き寄せる。
千点、千五百点を延々と上がり、何時の間にか二着。ツカない時でもラスは引かず、三着に上がる。最も嫌なタイプだが、博打は打てば打つほどツキが薄れるから、年齢と共に大勝ちが出来なくなって行く。上手さと強さは反比例するわけだ。
「面倒臭いメンバーだな。こんなんならヤクザ者の方がやりやすい」
ここで我に返る。
「俺が麻雀を止めて二十年は経つから、これは現実ではない。きっと今は夢の中なんだな」
実際、もう十二時間くらい打っていると思うが、外は暗いままだ。
いくら時間が経っても、夜が明けて来ない。
「してみると、これは夢か」
ここで上家のオヤジに目を遣る。
確かコイツは・・・、死んだよな。
毎日、煙草を吸い、麻雀を打つ生活を送っていれば、五十台で体を壊すのは当たり前だ。確か心筋梗塞だか脳梗塞で死んだはず。
ここにマスターがコーヒーを運んで来た。
「わ。このマスターも」
死に間際に麻雀を打ったっけな。
二日の間打ち続けていたのだが、途中でこのマスターがメンバーと替わり、マスター自身は長椅子で寝始めた。
そのうち、鼾が異常に高くなり始めた。脳出血で、朝に救急搬送されたが、病院に着く頃には死んでいた。
「おいおい。これはもしかして夢じゃなかったりするかもしれん」
いつまで経っても夜が明けぬのは、そういう世界にいるのかもしれんぞ。
実際、死者が複数混じっている。
バクチばかりしていたヤツが死ねば、当然、成仏など出来ずに「死出の山路」に向かう。その峠の先にあるのは幽界で、そこの住人は幽霊たちだ。幽霊は、それぞれ自らの思い描いた世界の中で暮らしている。こいつらは死に間際の暮らしぶりが影響して、そのまま麻雀を打ち続けているのかもしれん。
「俺はそんなところに迷い込んだのか」
ゲンナリする。
「死出の山路」には幾度か入り込んだことがあり、峠も数度越えた。峠の先には、生前の世界と殆ど変わらぬ世界が広がっているが、微妙に景色が違う。これはその場所が当人の記憶から構成されているせいだ。
幽界にはもちろん、複数の者がいるが、めいめいが自分の思い描いた世界で暮らす。
接点があり、交流もあるが、共通する部分だけの話で、見ているもの・見えるもの・見え方は、その者によってさまざまだ。
「対面の社長はまだ生きていると思ったが」
最近は「会長」に退き、自適の生活を送っている筈だが、生きていれば八十台半ばだ。
下家の雀ゴロだって、そうは長生きしそうになかったぞ。
ここでまた真実に気付く。
「こいつらは皆死人だ。社長はトシだから死んでいてもおかしくない。そして」
下家のコイツは、最近になり死んだのだな。
俺はすぐにマスターを呼んだ。
「マスター。次にここに入ってよ。俺は腹が減ったから外で飯を食って来る」
「カレーくらいならすぐに出せるよ」と答えが返って来た。
「いや、俺は天津丼をゆっくり食べたいから、中華屋に行く」
無難にこの場を離れ、峠道を戻らねばならない。
ここに居続けたら、元の世界に戻れなくなってしまう。
幸い、俺はさっきのコーヒーに口を付けてはいなかった。
「ああよかった。この世界で飲み食いするのは絶対ダメなことだからな」
店の階段を駆け下り、俺は小走りで道を急ぐ。
ここで覚醒。
あの世に長居は禁物だ。ここには変なヤツが沢山いるから、俺は小走りで走りながら「無難に元の世界に帰れますように」と強く念じていた。