◎夢の話 第1152夜 食ってもいいの?
二十九日の午前2時に観た夢です。
我に返ると、座卓を前にして胡坐を掻いている。
すぐに眼の前に料理が運ばれて来た。
「ありゃりゃ。ここははま松会館だな」
かうて会社を経営していた時に、事務所の近くにあった宴会場だ。だが、俺が三十台の頃にここは店を閉め、ビル自体無くなった筈だ。
「してみると、これは夢だ。俺は夢の世界にいるのだ」
そう言えば、窓の外は夕闇。
俺の潜在意識が創り出す世界は、大体が黄昏時だわ。
向かい側には男が座っていた。
見知らぬ男だが、知人の誰かに似ている。
男は料理をそれこそぱくぱくと食べている。
ここで自分の料理を見ると、でっかい海老の天丼だった。
「美味そうだが」
果たして食っていいものかどうか。
すると、俺の心を見透かしたように、男が言う。
「大丈夫だよ。これは夢なんだから」
海老天は丼からはみ出すほどの大きさで、如何にも美味そう。
俺の夢なんだから、食っても良さそうだ。
さが、やはりここで手が止まる。
「夢を含めて、俺はこの薄暗い世界で、ものを食ったことが無いよな」
うっかりすれば、すっとこの世界にいることになるかもしれん。
この世と幽界は重なって存在している。
現実と殆ど違わぬ世界が広がっているのだが、しかし、めいめいが己の世界観に基づいて再構成した世界だ。
そこでは自分だけでなく他者の意識も入り混じる。
うっかり交流を持つと、自我が他の者に食われてしまうかもしれん。この場合は「取り込まれる」という意味だ。
俺はそのことを知っているから、これまで一度も食べ物を口にしたことが無いのだった。
「懐かしいな。これは俺の実家が出していた裏メニューに似てる」
俺の実家では仕出しや食堂もやっていたが、メニューには無いお弁当のひとつが海老フライ弁当だった。
弁当のタッパーから海老がはみ出すサイズで、抜群に美味かった。売価が1700円前後だから、田舎の昼飯には出せない。
それを頼めば作ってくれることを知る者でないと注文できないから裏メニューだ。
実家から東京に戻ろうとする時には、母が「途中で食べて」とコイツを持たせてくれた。
「さて、母の思い出を含め、これを食べたいし、食べてもよさそうな気がするが、どうしたもんか」
ここで目の前の男に眼が行く。
「まずはコイツが誰かを確かめた後ででも遅くないな」
夢も幽界も等しく心象で構成される。
「心」ほど信用出来ぬものはない。
自分の本心を知る者はどれほどいるのか。
ここで覚醒。