夢の話 第610夜 カフェテリア
6月23日の午前5時に観た夢です。
出張があり、みちのくの辺鄙な町に行った。
昔は人が多かったらしく、町並みは立派なのだが、大半の商店が閉まっていた。
シャッターの開いている店は、十軒のうち1、2軒だろう。
この町には、ホテルらしき代物は1軒しかない。当然、俺はそこに泊まるしか方法はなかった。
建物は、田舎には珍しい洋館だったから、すぐに分かった。大正時代くらいに作られたモダン建築だ。
客なんか来るわけがないので、予約も入れずにフロントに行ったが、やはり部屋は空いていた。と言うより、客は俺一人しかいないようだ。
部屋に入り、荷物を下ろした。
「これから十日ほどここで暮らすのか」
窓に歩み寄り、外を眺める。
通りの向こう側は、やはり大半の店のシャッターが閉まっている。
開いているのは、前面がテラス風のつくりのカフェテリアだけだった。
「でも、田舎にしては、しゃれた店だよな」
あとでコーヒーでも飲みに行こう。
なんとなく、ボケッと眺め続けていると、客が一人やって来て外の椅子に座った。
ほっそりした女性で、タイトなシャツに、下は花柄のスカートを穿いている。頭には幅広の帽子を被っていた。
「こんな町にあんな素敵な人が来るのか。近くに別荘地でもあるのかな」
女性は何か飲み物を頼み、すぐに店主らしき壮年がそれを運んで来た。
顔を確かめようと思い、そのまま眺めていると、風が吹いて帽子を少し揺らした。
やはり、スタイルに似合った優美な顔かたちだった。
女性は飲み物を口にしながら、何かノートのようなものに目を通していた。
俺は、その女性が詩人で、「きっと詩を書いているのだ」と思い込んだ。
俺の仕事は町役場だが、そこには食堂がない。
そこで、昼食時にはホテルに戻り、昼飯を食べた。
12時きっかりにホテルに戻り、食事をした後、12時30分に少し部屋に戻った。
そこで窓から外を眺めると、向かいのテラスにまたあの女性がいた。
女性は今日も前の日とほとんど同じ格好をしている。
よほどスタイルに自信があるわけだ。
次の日も、その次の日も、女性はテラスに座った。
四日目になり、ついに俺はそのテラスに行ってみることにした。
「いったい、何をしにあそこに来るのだろう」
12時にカフェテリアに入り、いつも女性が座るテーブルの隣に席を取った。
程なく、女性がやって来た。
間近で見ると、窓から見ていた時より、女性は数段格上の美人だった。
俺は心の中で唸った。
「こんな片田舎になあ」
しかし、もちろん、ちょっかいを出す気はないから、黙って食事をして、そのままその席を離れた。
その翌日も俺はその店に行き、女性の隣の席に座った。
声をかけるつもりはないので、ただ美女を眺めるくらいは許されると思ったのだ。
六日目もそこに座ったが、その頃には慣れて来て、緊張感が無くなった。
七日目。食事を終えた後で、視線を上げると、その女性が俺のことを見ていた。
女性が微笑んでいたので、俺の方も頷き返した。
八日目の昼が来て、同じように店に行き、同じ席に座った。
「よし。今日もあの女性がここに来るのなら、声を掛けてみよう」
もうそろそろ仕事が終わり、俺はこの地を離れる。それなら、最後に、その女性が何故この店に来ているのかを訊いておこう。俺はそう思った。
女性がやって来て、俺の前のテーブルについた。
いつもと同じ飲み物を頼み、ノートに目を通す。
女性が次に顔を上げた時に、俺は声を掛けた。
「いつもいらしていますね」
女性の顔が喜びに溢れる。
「良かった。ようやく話しかけて下さいました」
なんだ。この人は俺が話しかけるのを待っていたのか。
ここで突然、ヒュウと風が吹き、女性の帽子を跳ね上げる。
女性は手を上げ、風に飛ばされないように帽子を押さえた。
その仕草が、どうにも魅力的で堪らない。
「毎日、この店にいらしていますが、この近くの方なんですか?」
「いえ違います。たまたま通りかかっただけです」
「でも、長くいらっしゃるんですよね」
女性が頷く。
「ここから出られなかったのです。でも」
女性は帽子を脱いで、横の椅子に置いた。
「ようやく出られます。あなたが声を掛けてくださったのですもの。私はやっと家に帰ることが出来るの」
おいおい。それはどういう意味だよ。
頭の中に色んな考えが浮かんで来る。
この女性は、この場所に囚われている。呪いのようなものをかけられたのだ。
童話の類だと、展開はきっとこう。
女性はこの店に囚われているが、その呪縛から抜け出すのは、誰か他の人が来て声を掛けてくれた時だ。
「なあんてな」
俺はもう一度、その女性を眺め直した。
女性はそれこそ喜色満面の笑みを浮かべている。
ここで俺は、その女性がいつもまったく同じ服装をしていることに気がついた。
俺は急に不安になり、とてつもなく暗い気持ちになった。
ここで覚醒。