◎夢の話 第728夜 居間
21日の午前2時に観た夢です。
玄関を開くと、ふうっと料理の匂いがした。
「お袋が何か作っているのだな」
廊下を歩き、居間に入ると、奥の台所に母の背中が見えた。
「ただいま」
母に近付いて、手元を見る。
母が作っていたのは、鱈を湯通ししたものを、シシャモの卵のソースで和えたものだ。
脇では味噌汁が温まっていた。
母は五十歳くらいだから、俺はまだ二十台なのだな。
夢の中じゃあ、いつも二十五六のままだ。
「なに、その夢って。今は現実じゃん」
まったくしょうがないな。何を考えてんだか。
「今日はどうだったの?」
母が手元を見たまま、俺に訊く。
ちょうどお浸しを切っているところだから、目を離せないのだ。
「うん。何人か拾って、道を教えてやった」
道に迷った人が茫然と立っているから、先導して、道別れまで連れて行く。
それが今の俺の務めだった。
この時、「ガタゴト」と店の方で音がした。
店の厨房に誰かが立って働いているのだ。
「あ。親父か。親父が来たのか」
呟くように言うと、母が答える。
「うん。昨日来た。今はお前のために魚を捌いている」
父は生来、しぶとい人で、結局、俺より長く生きた。
「親父は長く生きたよな。ツキも持っていた。俺とは違い、胆力のようなものがある」
父は百歳に近くなるまで生きたのだ。
「でも、ひとにはその人なりの務めがあるから」
母はいつでも俺の側に立ち、俺を支えてくれる。
息子のためなら身を捨ててでも助けようとするだろう。それが母親というものだ。
母の言葉に俺は頷いた。
「ま、それもそうだ。俺の務めは死んだ後だものな。今のように、死んでも行き場の分からない者を拾っては、あの世に送る道案内をしている」
ここで、俺はくすりと笑いを漏らした。
「俺が生きている頃には、今の俺のような立場の者を『死神』とか『お迎え』と呼んでいたけどね」
今は俺がその役回りだった。
俺の目の前には、母が生前と変わらぬ姿で立っていた。
それと同時に、俺の目には今は倉庫になり、埃の溜まった居間が見えている。
もちろん、そっちの居間には、誰もいない。俺すらもいないのだ。
いったい、どっちが現実なんだか。
「ま、俺が今の俺でいるところ、いられるところが現実の世界だよな」
話は簡単だった。
ここで覚醒。