日刊早坂ノボル新聞

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◎『ボヘミアン・ラプソディ』

◎『ボヘミアン・ラプソディ
 劇場公開の際に、家人が「絶対に映画館に行こう」と主張しました。
 家人はクイーンのコアなファンで、まさにこいつが「同時代音楽」というやつ。
 共に育って来たわけです。
 そこでダンナは忠告しました。
 「止めとこうよ。ビデオで良いだろ。お前みたいに本人、本来のファンが、別人が演じる伝記みたいなのを観たら、不満しか残らない」

 公開時の批評家の評判は「コピーでしかない」というのが大勢でした。
 さすがにそいつには笑った。
 そもそも伝記(小説)だから本物ではないのに、「これはコピーだ」はねえだろ。
 元々、コピーそのものじゃねえか。
 ま、批評家ほど役に立たないクズはいない。自分では作れないから観客席でエラソーなことを言うわけで。
 内容のない、もしくは新しい知見を見出せない批評を書く批評家は、すぐに首を吊ったほうがよいよ。
 お前が書いて見せろ。

 この映画が受けているのは主に若い人たちで、フレディ・マーキュリーが生きている頃には、ほとんど知らなかった。
 ま、その頃は生まれていません。
 そういう人に受けるのは分かります。

 結局、映画館には行かず、DVDが出るまで待つことにしました。元々、ダンナには思い入れ自体、それほどありません。
 昨夜、DVDを観たのですが、早速、家人が不平を漏らします。
 「これは、本当のフレディとは全然違う」
 おいおい。そりゃそうだよ。これはあくまで「物語」だっちゅうの。(思わず両腕で胸を絞るポーズをする。)

 ダンナは主に筋(ドラマ)を観るわけですが、筋らしい筋はなかったですね。ちょっときれいに描き過ぎている。
 作り手もファンだったんだな、きっと。
 実際はもっとドロドロでしょ。

 でも、拾うところもあります。
 メンバー役の俳優さんたちの芝居が上手いこと上手いこと。
 「過剰な芝居をしない」演技で通しているので、「スゲエ」のひと言。リアリティありあり。
 日本のドラマを観ると、劇団系俳優が「これでもか」とコテコテに演技を入れ込むことが多いので、ウンザリします。
 日常の暮らしって、実際は無表情に出来ていますよね。
 腹を立て、「コイツを殺そう」と思う時だって、案外、無表情なもんです。
 『フォー・ルームス』の時のティム・ロスの演技を思い出させるような「しない演技」でした。

 映画自体はさして面白くはないと思います。
 映画館で、音楽を聴くにはいいかな。
 フレディって、パキスタン人だったのかあ。